ですが今回、インドで教育支援をしているNGO団体の方にお話を聞き、教育現場の実態や問題点について詳しく知ると共に、大きな衝撃を受けました。
今回の記事では、インド全体の教育環境の問題点や地方特有の障害、それらを改善するために必要なことなど、現地で活動中のNGO団体から伺ったお話を中心にお届けします。
インドの教育制度
インドの教育課程は初等教育、中等教育、高等教育の3課程に区分されます。このうち初等教育の8年間は義務教育として、6歳から14歳までの子供は教育を受ける義務があると法律で定められています。
私立学校の場合は学費や制服代などが掛かります。公立学校では学費はもちろん、制服や教科書も無償で提供されています。
州によって多少違いがあるものの、基本的に初等教育は前期5年と後期3年に分かれていて、後期は上級初等教育とも呼ばれます。
このようにインドでも無償で義務教育を受けられるようになっていますが、実際に農村部の状況はどのようになっているのでしょうか。
現状①ブッダガヤの教育環境
今回、農村部の教育環境について教えてくれたのは、NGO団体「結び手(Musubite)」で代表の福岡さんと共にプロジェクトを行っているパンカジさんです。
結び手は農村部やスラムでの教育支援や女性の自立支援に力を入れており、パンカジさんは主にブッダガヤ周辺で活動されています。
ブッダガヤは、インド最貧困州とも言われるビハール州にある農村地域です。ブッダガヤ周辺での教育環境についてパンカジさんに尋ねると、確かに公立学校で無償の教育は受けられるものの、初等教育を中退する子供も多い、という答えが返ってきました。
その理由の1つに、公立学校で受けられる教育の質が悪いことが挙げられます。そもそも子供の人口が多いインド。ビハール州では14歳以下の子供が約4,700万人いますが、それに対して教師の数が足りておらず、50人以上の生徒を教師が1人で担当することも常態化しています。
授業でつまずいてしまった生徒や学校を休みがちの生徒に対するケアが足りていないことで、約半数の児童が初等教育(義務教育)を中退するか、または中等教育に進学できないという状況が生み出されてしまっている、とパンカジさんは考えています。
もちろん原因は教師の数だけではありません。設備の整った学校が不足していること、古い内容の教科書を使用しており授業そのものの質が低いこと、教師に対するトレーニングやマネージメントが不足しており教育スキルが低いこと、なども理由として挙げられます。
また、学校は中央政府や州政府の選挙の際に投票所として使用されることがあり、選挙期間は授業が全て無くなってしまうそうです。
時にはマオイストのような過激派組織のテロの対象になることもあり、子供たちにとって公立学校は安心感のある環境ではない、とパンカジさんは語ります。
現状②教育へのモチベーション
パンカジさん曰く、ブッダガヤ周辺の子供の進学率は、中等教育への進学が約50%、高等教育へは約15%しかありません。
それは上記のように教育現場の環境が整っていないことに加えて、子供や両親それぞれの教育に対するモチベーションが低いことも原因となっているようです。
多くの子供たちは学習意欲が高いものの、卒業しても仕事がないという環境の中で次第に進学する意欲を失ってしまう、とパンカジさんは分析しています。
それは学校教育にパソコン操作のようなスキル・トレーニングが含まれていないことも関係していますが、それよりも大きな問題として、カーストや公務員試験の不正に阻まれて職業選択の自由が大幅に制限されているという状況が挙げられます。
特に、公務員職は給与の良さと安定性からインド全域で人気の職種ですが、地域によっては「裏金」を出して試験をパスするなど上位カーストや富裕層との癒着が問題視されています。パンカジさん曰く、ビハール州での公務員採用試験にも同様の問題があり、学校を卒業したところで希望の職業に就けないことが、子供たちの学習意欲を低下させる大きな要因になっているとのことです。
また、頻発する停電によって自宅で学習できないこともありますが、両親が子供の教育に関心がないために自宅での学習を制限することもあるそうです。
インドでは児童労働が禁止されていますが、家の中での仕事などインビジブルな分野で児童労働は今も続いている、とパンカジさんは語ります。
これらの根本的な解決策としては親が子供の教育の重要性を理解することが必要でしょう。
現状③女性への教育
子供への教育全般において、環境が良いとは言えないブッダガヤですが、女性に対する教育はさらに遅れていると言えます。
インドの都市部では女性が企業に就職することも当たり前になりつつありますが、地方では現在も女性が職に就くことへの理解が十分に得られているとは言えない状況のようです。そのため、本人のモチベーションの低下や両親からの理解が得られないことで、女子児童の進学率は男子児童よりも低くなっています。
インドの一部地域では結婚時に女性の家庭から資金を出す「持参金」と呼ばれる慣習があるため、悲しいことに、そもそも女児の誕生を歓迎しない家庭もあります。そのことで自尊心が傷つけられ、さらに進学や就職の機会を奪われることで自立性も損なわれている女性が多くいる、と伺いました。
改善のためにできること~NGO「結び手」の取り組み~
初等教育を中退、あるいは中等教育以上への進学をしなかった子供が、教育の重要性を理解できないまま成長して家庭をもつようになると、自身の子供に教育を受けさせる際に同じことが世代を超えて繰り返されてしまう、とパンカジさんは危惧しています。
そこで、これまでに挙げた問題点を改善するために、NGO団体「結び手」は様々な活動に取り組んでいます。
たとえば政府運営の公立学校よりも質の良い教育を行う環境をつくること。通常の私立学校は教育の質の高さに比例して学費も高くなりますが、「結び手」は無償で質の高い教育を行えるように工夫しています。
豪華な建物をつくるのではなく、雨風を凌いで授業ができる簡素な空間でコストは抑えつつ、教師のマネージメントや児童のケアに力を入れているそうです。
こうすることで外部環境に影響されず、フレキシブルに質の良い教育を提供し続けることを目指しています。
また、「何よりも重要なのは仕事を得る機会を創出することだ」とパンカジさんは主張します。民間部門でも魅力的な仕事が増え、雇用機会が増えることは、公務員職に人気が集中することで生まれる汚職や不正に対しても有効でしょう。
そのためにパソコン操作や工芸品の制作などスキル・トレーニングを効果的に教育カリキュラムの中に取り入れ、学校で教育を受けることに対するモチベーションを向上させると共に、卒業後の職業選択の幅を広げる工夫をしているとのことです。
さらに、こうして民間部門に雇用を創出し、女性も積極的に仕事に就けるようにすることで、農村部の女性の自立支援も同時に行っています。
残念ながらブッダガヤでも新型コロナ感染症の影響は大きく、現地の収入源の一つであったハンドクラフトの工芸品があまり売れなくなったと言います。
それでもNGO 団体「結び手」は教育と女性の環境改善を目指して今日も活動を続けています。
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