南インドはケーララ州、風光明媚な港町・コチ(呼び方はコーチン、コーチとも)。
10周年を迎えた、コチ=ムジリス・ビエンナーレ
2019年に第4回を観に行き、数日間浴びるように現代美術作品を観ました。
コロナ禍を経て、4年ぶりの開催
ビエンナーレ(伊:biennale)、つまり2年に1度開催される美術展なので、当初第5回のコチ=ムジリス・ビエンナーレは2020年末に開催される予定でした。
けれど、コロナ禍で二度の延期を余儀なくされ、昨年12月23日に4年ぶりについに開幕の日を迎えたのです。
ただ、予定されていた開幕日当日(!)に突然の延期が発表され、波乱の幕開けではあったようです。その経緯はキュレーター・黒岩朋子さんのこちらの記事「【インド・コーチン】南アジアのアートハブ、コチ=ムジリス・ビエンナーレ10周年目の波乱」(★1)に詳しいので、ご興味のある方はぜひ。
KMBのキュレーターは毎回変わり、今回はインド系シンガポール人のシュビギ・ラオ(Shubigi Rao)氏が務めました。
前回はアーティストとして参加していたラオ氏が掲げたタイトルが、「IN OUR VIEN FLOW INK AND FIRE(私たちの血管にはインクと炎が流れる)」です。
ステートメントには、インドのみならず、世界中が予測不可能な状況に陥ったなかでこのビエンナーレを構想するにあたり、インクが物語る力、そして風刺とユーモアをたたえた変革の火こそが必要であるという自身の信念からきているとありました。
港町コチならではの展示会場
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ビエンナーレの会場となるのは、コチの新市街であるエルナクラム地区からフェリーで海を渡った対岸のフォートコーチン地区です。
コチは、ポルトガル、オランダ、イギリスの植民地となった過去があり、フォートコーチンは今も当時の面影を色濃く残す街並みが残っています。
メイン会場であるアスピンウォール・ハウスは、19世紀にイギリス人の実業家によって建てられた、もとは香辛料などを扱う貿易会社のオフィスだったところ。
入場料は大人は1日150ルピー、最終日は無料でした。
私たちのビエンナーレ
もともと、「私たちのビエンナーレ」というスローガンのもとに立ち上ったKMB。
私のような国外からと思われる訪問客も見かけますが、最終週の週末に訪れたこともあり、インド人の若者たちのグループやカップルの姿を多く見かけました。
世界中から集った作品たち
今回のビエンナーレには、アジアを中心に、世界42か国から87作家が参加していました(サブ会場も合わせるとその数はもっと増えるはず)。
インド出身の作家が30名と最多で、日本からはシルクスクリーンの技法を用いて樹脂製のオイルインクを幾重にも重ねた立体作品で知られる、今村洋平氏が参加していました。
多様なバックグラウンドを持つ作家がここ港町・コチに集い、ダイナミックに空間を使って展示された作品を街の雰囲気とともに堪能できるのがこのビエンナーレの好きなところです。
35℃を超える暑さのなか、時々朦朧としながら(水分補給と休憩は本当に大切)ムッとした展示室を巡りながら鑑賞をしていると、否が応でも「いまここ」を感じます。
上に書いた「いまここ」感を強く感じたのは、サーミ人でアーティスト、作曲家、映画監督として活動するエラ・マリア・エイラ(Elle Márjá Eira)の《EALLU》。
彼女は伝統的なトナカイの牧畜を生業にする家の出身で、この短編映画では春を迎えて移動するトナカイの群れが作り出すサークルの荘厳な美しさが捉えられています。凍てつく大地を駆けるトナカイたちの姿を、ここで観る醍醐味を感じた瞬間でもありました。 |
コロナ禍に制作された作品も多くありました。インド北東部・メガラヤ州出身のトレイバー・マーロン(Treibor Mawlong)は、《MAWABURI DIARIES》と題した木版画のシリーズを発表していました。
マワブリという山岳地帯にある辺境の村の生活を切り取ったもので、そこに描かれているのは物資の入った荷車を肩に担いで運ぶ男衆たち。一瞬、昔の作家なのかと思いましたが、2020年に制作されたものでした。 |
一番近くの町に出るまで3時間かかるというこの村で、COVID-19の流行で現代社会との距離感がより際立って感じられたのだろう、その彼らの生活を見つめる作家の視線が強く感じられたシリーズです。
レバノン出身でパリを拠点に活動する、第59回ベネチア美術ビエンナーレ(2022年)で銀獅子賞を受賞したアリ・チェッリ(Ali Cherri)の《Of Men and Gods and Mud》は、3チャンネルの映像インスタレーション。
泥でできた3体の立体作品を眺めながら、スクリーンのある部屋へと向かいます。スーダン北部のナイル川沿いにある、アフリカ最大級の水力発電ダム、メロウェ・ダムの近くで撮影されたこの作品は、レンガ職人たちが泥からレンガを作り出す、古代からさほど変わっていないのではと感じられる労働風景を追ってゆきます。 |
作品の制作背景を知って興味深く感じたのは、バングラデシュ出身のシク・サビール・アラム(Shikh Sabbir Alam)の《Afraid of pineapple》です。
2020年にケララ州で、野生のゾウが農作物の獣害を防ぐために仕掛けられた、爆弾入りのパイナップルを誤って食べて死亡する事件が起きました(★2)。
その事件をモチーフにとった作品です。 |
その他にもミャンマー軍政への市民のレジスタンス、虐げられてきた女性たちのエンパワメント、気候変動によって大きく振り動かされる自然環境といった、近年ニュースでもたびたび報じられる社会的なテーマを扱った作品が多くあり、前回とはまた異なる印象を抱いた第5回でした。
インドの若きアーティストたち
7名の中堅キュレーターがインド各地で行ったワークショップやレビューによって生まれた、50のプロジェクトが発表されていました。
実際、この学生ビエンナーレをステップに活躍の場を広げていたアーティストも生まれていて、美術教育にも大きな役割を果たしていることが分かります。
また、ビエンナーレ開催中はトークやライブもたくさん行われています。
これらの主な会場となるカルバルヤードの建物は、毎回一から作られるようで、今回も壁面はネット上の金網に石が積まれた変わったものでした。
最終日の前日も晩には、キュレーターのラオ氏と設立当初から運営に関わるディレクターのボース・クリシュナマチャリ氏のトークが開催されていました。
また2年後に
展示室の開け放たれた窓の向こうは海で、フェリーやコンテナを積んだ大型船が行き交います。
目を凝らすと対岸のチャイニーズフィッシュネット(中国から伝わったてこの原理を使用した大きな漁獲網)が見える――炎天下、汗をかきながら作品鑑賞を堪能した3日間でした。
クリシュナマチャリ氏へのインタビュー(★3)によると、今回は100万人以上の来場者があったのでは、とのこと。
コチ=ムジリス・ビエンナーレ(Kochi-Muziris Biennale:KMB) |
参考リンク
★1 【インド・コーチン】南アジアのアートハブ、コチ=ムジリス・ビエンナーレ10周年目の波(アートスケープ、2023年03月01日号) https://artscape.jp/focus/10183231_1635.html
★2 インド、妊娠中のゾウが「爆弾フルーツ」を食べて死亡、怒りの声が上がる(BBC、2020年6月4日付) https://www.bbc.com/news/world-asia-india-52918603
★3 インタビュー|コチ=ムジリス・ビエンナーレは世界一と言われる――ボーズ・クリシュナマチャリ氏(THE NEW INDIAN EXPRESS、2023年4月27日付)https://www.newindianexpress.com/cities/kochi/2023/apr/21/people-say-its-the-best-biennal[…]he-worldkochi-biennale-foundation-president-2567796.html