インドでは現代でも伝統文化の継承をとても大切にしています。

舞台の上ではとても華やかなインドの古典文化ですが、舞台裏では厳しい修業が必須です。伝統の継承には、古代から続くグルクルという住み込み式の指導方法があります。


インド音楽を住み込みで習う伝統のグルクル・スタイル
インドの伝統芸能は、「グルクル」という教育システムで継承されてきました。
グルクルには「師の住む場所」という意味があります。一般的には弟子が師の家に住み込みで学ぶことです。生徒が多い先生は、グルクルという学校に自分も住んで指導を行います。私の師であるPt.ハリプラサード・チョウラシアも、10年以上前から自宅を離れてグルクルで生徒と一緒に生活をしています。
多くの場合、師は弟子から指導料金を受け取りません。その代わり、弟子は師の身の回りの世話や、家事などを行います。私もムンバイで弟子入りをしてから5年経ちますが、一度もお金を払ったことがありません。(現在では、指導料が必要な先生も多いです。)
グルクルというシステムで学ぶ最も大きなメリットは、音楽や舞踊の勉強以上に、先生と生活を共にする中で、人間性を育てられることです。
芸術は必ずアーティストの人間性が表現に現れてしまいます。賞賛を求める強欲な人は観客の反応を促すような演奏になるでしょうし、感情的なアーティストは激しい音になります。心が穏やかで純粋に音楽を楽しんでいる音楽家の音は観客の心も穏やかになり、沢山の音楽ファンから愛されます。
だからこそ、芸能を志す人にとって人間性を育むことはとても大切です。

インドの人々にとってグル(師)という存在は?
ヒンドゥー教にはバクティ(神への信愛)という教えがあります。
バクティの心を育てることは、自分自身へのエゴを弱めるためにとても効果的であり、ヒンドゥー教の教典バガヴァッド・ギーターの中でも繰り返し説かれています。
インド音楽を学ぶ人は自身の師へのバクティ(信愛)が強いです。「自分は師の足元にも及ばない」と思うことで、とても謙虚に練習に打ち込む人が多いです。著名なアーティストほど、その傾向が強い気がします。私の師であるPt.ハリプラサード・チョウラシアにも世界中で活躍する生徒が沢山いますが、生徒たちは口をそろえてグルジ(師匠)のことを「自分にとって唯一の神様」だと話します。
それは、グルクルで生徒と一緒に生活をする中で、グルジ本人がどの生徒よりも1番沢山練習をしている姿を見ているからです。
音楽に自分を捧げるとはどういうことなのか。生徒たちと食事をしている時も、演奏旅行で移動をするときも、気が付くとグルジは指を使ってリズムをカウントしています。または、車で寝ているなと思っていたら、急に「新曲が降ってきた」と歌い始めることも度々あります。
どれだけ成功して贅沢な暮らしができる財産を築いても質素ななグルクルという建物に住み、仕事以外ではほとんど外出をすることもなく、自分の部屋の中で音楽を奏でています。
人の師になるとはそういうことなのかもしれません。
「自分も若い時には、これだけ練習した」と、昔の話を誇張して話す先生も中にはいるかもしれませんが、私の師は生徒に「練習しなさい」と言う前に、誰よりも自分が沢山練習し続けることで自分自身が教本となってくれます。
だからこそ、インドではグル(師)のことを自分の本当の父親や神様の様に信愛するのかもしれません。
楽譜のないインド音楽の学び方
インドのお稽古事は、日本の「背中を見て学ぶ」に近いものを感じます。
インドと言えばヨガですが、ヨガも伝統的には教本がなく、全て師から弟子へと口頭で伝えられてきました。インド古典音楽にも楽譜がありません。
楽譜がないのにどうやって学ぶのかというと、先生が演奏してくれたものをひたすら真似をして覚えます。現在ではレコーダーがあるので、だいぶ簡単になりました。多くの生徒は、レコーダーやスマートフォンでクラスを録音して、録音を聞きながら復習することができます。しかし、レコーダーがない時代は本当に大変だったそうです。
クラス中に必死に聞いて、耳でコピーして、そのフレーズを覚えないと次のクラスまで何も分からないままになってしまいます。この指導法は、トレーニングすることで集中力や記憶力が身に付きます。
現代では、どのような情報もインターネットで検索すれば簡単に得られるようになりましたが、その分、簡単に手に入った情報は簡単に忘れてしまうように感じます。
特に私のグルの様に演奏活動が忙しい師匠に師事すると、1度クラスを受けたら、次にいつクラスを付けてもらえるかわかりません。だから、クラス中に師が演奏する1つ1つのフレーズを、まるで宝物のように大切に大切に学びます。

時代に逆行するような学習方法ですが、今だからこそ1つづつを深く学ぶことも贅沢な時間だと感じています。
インド音楽を始めるためには?先生の見つけ方
実は、インド音楽を学ぶ外国人はとても多いです。日本人の方もけっこういらっしゃいます。
有名なインド音楽家が公に生徒募集を行うことはほとんどありませんが、ほとんどの生徒は、コンサートなどで出待ちをして「弟子にしてください!」と直接アプローチします。

有名な演奏家の先生はとても忙しいので直接指導をしてくれることは少ないのですが、自分の直接のお弟子さんの中から指導ができる先生を紹介して下さることが多いです。
さすがにコンサートの出待ちはかなり勇気が必要ですが、アーティストの多くは、ホームページを持っていることが多いので、電話で問い合わせてみると適切な先生を紹介してくれる人が多いです。コロナ禍では、オンラインのワークショップを行うアーティストも増えてきました。
好きなアーティストがいる人はアーティストのSNSをチェックしているとチャンスがあるかもあしれません。
そこまで著名な人に弟子入りとまではいかないけど、ちょっとインドの楽器をやってみたいという人は、楽器屋さんに行って相談するのも一つの手です。楽器屋であれば沢山の先生を知っていることが多く、英語で教えてくれる先生も見つかりやすいです。

インドの音楽を聴くだけでも楽しめますが、その音楽がどのように伝承されてきたのかを知ることで、もっと深く味わうことができるのではないでしょうか。
インドは冬が音楽シーズンです。インドの各都市で毎週のように様々なコンサートが開催されています。
このように厳しく継承されてきたインド音楽をぜひライブで楽しんでください。
