世界で注目を浴びる“インド人CEO” 〜新たな時代を牽引する能力とは〜

by 橋口悠雅

1.はじめに

「CEOってカッコイイ!」、私の将来なりたい職業ランキング1位はこれまでずっとCEO(Chief Executive Officer)でした。そして、これからも憧れの職業を聞かれたら答えは変わらないでしょう。

世界経済が急速に変わりつつある現代社会では、CEOと呼ばれる人々が担う責任と期待はますます大きくなっています。規模の差はあったとしても、人々の雇用を守り、会社のビジョンに向かって日々邁進する姿は本当にカッコいいです。

そして近年、世界を代表する企業の最高経営責任者(CEO)として、インド出身の経営者の存在感が著しく高まって来ました。

急速な人口増加や高度な技術を有したエンジニアというように日本のメディアでも様々な側面で注目を浴び始めているインドですが、どのようにして彼らは世界経済をリードする企業のトップマネージメントまで至ったのでしょうか。

本記事では、数万人規模のメンバーを率いてグローバルに活躍しているインド出身CEOを分析することで、これからの時代に必要とされる価値観や能力を読み解いていきたいと思います。

2.世界で活躍するCEO

現在、インドのグローバル経済におけるポテンシャルはCEOの数に限らず、国内外共に成長しています。国の経済成長率はおよそ7~8%で伸びており、2026年には日本のGDP(国内総生産)を追い抜く勢いです。

(*2) : 経済成長率予想No.1!? インド特集|JNB投資信託|ジャパンネット銀行

さらに弱点とされていた国内のインフラストラクチャー整備にも多額の投資を行っており、さらなる経済成長の加速が期待されます。

そして、何よりIT人材の多さは他国と比べても圧倒的に多く、世界中にエンジニアとして活躍しているインド人がいます。以下で紹介するのは、その中でも世界トップクラス企業でCEOを務めているインド出身の経営者です。

(*3) : Top Indian CEOs with MBA Degree | Articles For MBA Students | MBAROI

1) Alphabet(Google) CEO 「サンダー・ピチャイ」 (Pichai Sundararajan)
2) Microsoft CEO 「サティア・ナデラ」 (Satya Nadella )
3) Starbucks Coffee CEO 「ラクスマン・ナラシンハン」 (Laxman Narasimhan )
4) IBM CEO 「アルヴィンド・クリシュナ」 (Arvind Krishna)
5) Adobe CEO 「シャンタヌ・ナラヤン」 (Shantanu Narayen)
6) Master Card CEO 「アジャイ・バンガ」 (Ajay Banga)
7) CHANEL CEO 「リーナー・ナーイル」 (Leena Nair)
8) FedEx CEO 「ラージ・サブラマニアム」 (Raj Subramaniam)

私たちが普段から耳にする企業ばかりだと思います。記事を制作している今でさえも、Starbucksの店内でMicrosoftのパソコンを使いGoogleで資料を集めているので、私たちの生活に無くてはならないレベルの企業だと言えます。

もちろんCEOが企業を私物化することは出来ませんが、インド国内の成長に加えて、これほどまでの優秀な人材が世界で活躍していることを考えると、近い将来インドという国が世界の中心として機能することは間違いありません。(*4)

3. CEOの経歴と人物像

では次に、上記で紹介したCEOの中から、特に注目され、若いインド人学生の憧れでもあるAlphabet(Google)のサンダー・ピチャイ氏、Microsoftのサティア・ナデラ氏、CHANELのレーナ・ネアー氏といった3人の経営者の生い立ちと人となりについてまとめていこうと思います。

Alphabet (Google) CEO サンダー・ピチャイ

(*5) : Google CEO Sundar Pichai’s Vision for Return to Work

1)生い立ち

1972年ピチャイ氏は南インドのチェンナイで生まれ、速記者の母親と電気技師の父親によって育てられました。家庭自体はそれほど裕福でなく、狭いアパートで4人暮らしをしていたそうです。

当時は自動車や電話などに触れる機会は全くなかったピチャイ氏ですが、優秀な学生として奨学金を獲得し、IIT Kharagpur(インド工科大学 カラグプル校)、そしてスタンフォード大学への進学を決意しました。

しかし、スタンフォード大学で学位を取得する前にエンジニアの道を選び大学を中退してしまいます。そこから、Applied Materials、McKinsey & Companyを経てGoogleに転職、検索ツールバーからChromeまで幅広い開発に携わりました。

その後も、Crome OSの開発、Gmail、Google Drive、Google Maps等幅広いプロダクトの管理・監督おいて多大な貢献をし、2013年にAndroid OSの責任者、2015年にGoogleのCEO、2019年に親会社であるAlphabetのCEO兼任というポジションにまで至っています。

2)人となり

ピチャイ氏は優れた技術者であると同時に、穏やかで謙虚な人物として知られています。人々に対して共感を示し、協調の大切さを力説する場面が非常に多く、重要な意思決定においても冷静かつ柔軟に対応します。

この背景には、彼が歩んだ独自の人生経験と、技術に対する深い情熱があり、幼少期の困難な状況から這い上がってきた自信が今のリーダーシップを作っているのではないかと考えられます。

また、学生時代からの友人と結婚し、サッカー、クリケット、チェスをこよなく愛する一面も垣間見えることがあるらしく、私生活においてはどことなく身近に感じられる部分もピチャイ氏の魅力なのかもしれません。(*6)

Microsoft CEO サティア・ナデラ

(*7) : Microsoftに「挑戦者の魂」を サティア・ナデラの破壊と創造 | 2016年6月号 | 事業構想オンライン

1)生い立ち

1967年にインド南部ハイデラバードで誕生したナデラ氏は、父親が公務員、母親はサンスクリット語の講師という学業に重きを置いた家庭で育てられます。

幼い頃から「モノ作り」に対する情熱を抱いており、電気工学の学士号をマニパル工科大学で取得後、ウィスコシン大学にてコンピューター科学の修士、シカゴ大学でMBAと煌びやかな経歴を歩んでいます。

シカゴ大学在学中に、Microsoftからのオファーがあったナデラ氏は毎週、レドモンドの職場とシカゴの大学を4時間のフライトで行き来する生活を2年半続けたらしく、仕事と学業の両立に相当な時間を費やしていたことが分かります。

Microsoft入社後はWindows NT、UNIX、32ビットOSなどのオペレーティングシステム開発に携わり、エンジニア職としての実績をコツコツと積み上げていきます。正直、IT系の知識が全くない私には理解しかねる実績です…

そしてCEOに就任したナデラ氏はモバイルとクラウドの分野で大幅に後れを取っていたMicrosoftを再建させるべく、意思決定の迅速化を目的としたリストラの実施やB to Bへの回帰を図った企業買収などの戦略を通して、大幅に組織改革と協力体制を整えていきます。

まさに激動の4年間を経て、Microsoftの株価は3倍に上昇、2021年には2兆ドルの市場評価を達成し、米国上場企業の中で首位を奪還しました。

2)人となり

彼のこれまでに行ってきた言動を見るに、ナデラ氏は経営者としてだけではなく、1人の人間としても広く尊敬を集める存在であることが分かります。

現在、ナデラ氏は昔からの同級生だった妻のアヌパマ・ナデラさん結婚しており、3人の子供に恵まれています。その内2人の子供が障害を抱えており、彼自身は子供たちの障害に向き合うことで、家族との絆から仕事においても倫理と価値観に深い考え方を持つようになったらしいです。

非常に多様性と共感という点を重視しており、「相手のニーズの『背景まで』理解することが革命を生む」「共感はイノベーションの一部である」といった発言をしています。これは、人間関係や製品開発においてユーザーの視点を理解するために大切な観点だと言えます。

また、Microsoftが直面していた厳しい状況に立ち向かい、組織改革やリストラなどの難しい決断を行ってきたことで、他者に対する共感と人を惹きつけるリーダーシップも兼ね備えている人物であることは間違いありません。(*8)

CHANEL CEO リーナー・ナーイル

(*9) : D’Unilever à Chanel, qui est Leena Nair, la plus jeune CEO de la maison de mode?

1)生い立ち

1969年、ナイール氏はインド西部のマハーラーシュトラ州にあるコルハープルという小さな町に生まれ、そこで育ちました。

その地域では、女性が中学校1年生以上の教育を受けることが無かったらしく、ナイール氏の進学と共に、これまでの制度が常々変更されていったそうです。この時点で、誰も成し遂げなかった道を自らの力で切り開くという状況だったことには本当に感服します。

マハーラ―シュトラ州の高等学校を卒業後はウォルチャンド工学大学で電子通信工学を学び、インドにおけるトップビジネススクールであるザビエル経営大学にてMBAを取得しました。

大学入学からエンジニアとしての技術を身に着けてきたナイール氏でしたが、彼女の父親に対してはHR(Human Resource)に関して興味を抱いていることを明かしました。後に、ナイール氏はザビエル大学在学中、「自分が人との関りに長けている才能」を見出してくれた教授がいたと述べており、ファーストキャリアとして、ユニリーバ(Unilever)という食品、飲料、美容用品など、幅広い製品を扱う多国籍の消費財メーカーに就職します。

ユニリーバのマネージメント・トレーニーとして参加したナイール氏は秀でた社会性と情熱から、その後30年に渡り同社にて様々な職位と実績を積み上げていきました。

2016年にはユニリーバ歴代最年少かつ女性のCHROとして任命され、同社での業務遂行に必要な資格と能力によってのみ社員を採用し、雇用し、昇進させることに徹底することで、ユニリーバにおける女性管理職の割合を50%にまで上昇させました。日本でも45%となっています。

このようなナイール氏の経歴とCHANELの経営方針が合致し、2021年にインド系ビジネスリーダーとして世界有数のライフスタイルブランドCEOとして抜擢されました。

就任後、ナイール氏はCHANELの『創造の自由、人間の潜在力、世界に与えるポジティブな信念』を大切にしている部分に感銘を受けたと述べています。

2)人となり

彼女の生い立ちでも分かる通り、ナイール氏は常に男性優位の環境で競い合い、他者とは異なる自分だけの道を歩んできました。

ユニリーバに参加した当初は女性用のトイレも無く、CEOとして活躍されている今では、「私の最初の仕事は女性用トイレを設置すること」という冗談を言っています。

そのような環境を乗り越えてきたナイール氏は当然、多様性と包摂に対する考え方が突出しており、CHROとしての実績を見るに、その優秀さと決断力も兼ね備えていることが読み取れます。

また、彼女は2008年に起きたムンバイ同時多発テロ事件をタージマハル・ホテルにて経験しています。当時、夫と共にテロ現場で避難していたナイール氏は、銃撃、叫び声、煙、そして周囲に落ちてくる破片など、非常に危険で恐ろしい状況だったと語っており、その時にホテルのスタッフだったマリカ・ジャガドという若者の冷静な判断とゲストの安全を最優先に考えるリーダーシップに衝撃を受けたそうです。

その経験から、状況に応じたリーダーシップの大切さと、人生の不確実性を学んだらしく、彼女自身の人生を“1つの贈り物”だと捉え、自分のやりたいことに焦点を当てた人生を歩むことを決断しました。

このように、幼少期から現在に至るまで波乱な経験をして来ており、そこから学んだ様々な教訓によって、歪まない信念や人とうまく付き合える協調性という部分を磨いてきた人物なのではないかと考えます。(*10)

4. 次世代CEOには何が求められるのか?

世界的に評価されているインド出身経営者に関する生い立ちと人となりは皆さんの今後の人生に活かせそうでしたか?3人ともが異なる経歴と思いを抱いて、それぞれの人生を歩まれてきたことが分かりましたね。

もちろん、一代で時価総額トップの企業を創り上げる場合と既に世界有数の大企業においてCEOになる場合では、その成功までの背景は違うことでしょう。

しかし、どちらも「1人のリーダーとして企業を定まった方向に導いていく」という点は同じです。そこで、私は本記事で紹介した3人のインド出身経営者の特徴から、以下のような3つが次世代CEOにとって大切ではないかと考えました。

(1)自分の情熱を持ち続ける!

1つ目は、やはり「自分の情熱を持ち続ける!」ということが、業界や時代に関わらず、多くの人を魅了し導く者として必要なことではないかと思います。

ピチャイ氏であればテクノロジーの進化、ナデラ氏はモノ作りの追求、ナイール氏は人の可能性といったように、3人ともが自分の人生を振り返って何を求めてきたのか明らかにしています。

これらは当然ですが、より解像度を上げて分析していくと全ての人が違った情熱を抱いており、どれほど自分自身に向き合ったかによって、その理解度も変わってきます。

世界有数の企業でCEOを務める人々は、まさに自分の情熱をビジネスという形で表現しており、その情熱に共感できる人々が1つの企業、世界を創っているのかもしれません。

(2)多様性を理解しようとする姿勢

2つ目は異なるバックグラウンドの人々を受け入れ合い、「多様性を理解しようとする姿勢」が求められていると思われます。

多様性とは何も国籍だけに限らず、性別、年齢、宗教、ましては考え方に至るまであらゆるものが対象です。そして、その多様性を生み出す方法として”共感“があり、人の器という部分が問われるのではないでしょうか。

また、ビジネスという仕組みは必ずユーザー(消費者)がいて成り立つので、ナデラ氏が述べていたように、ユーザーが何を求めているのか共感により理解することで本当に必要とされるサービスや製品が作れるのかもしれません。

(3)トップマネージメントとしての技術、知識、経験

そして、3つ目は「企業のトップマネージメントとして信頼にあたる技術、知識、経験を有しているかどうか」です。これに関しては、一時のマインドセットだけではどうにもなりません。

長い時間を掛けて愚直に自分のスキルや価値観を高めなければ、経営者としての価値をステイクホルダー全員に評価してもらうことは難しいです。

その点で、やはりインドの競争社会を勝ち抜いてきた人々は信頼にたる技術、知識、経験を有しています。世界人口1位の国で、数多の学生と競い合うことは並大抵の努力ではなかったはずです。

ただ、私はこの技術、知識、経験を積むのに早いも遅いもないと思っています。というのもCEOとして大切なのは、協力してくれる人々からの評価であって、何も自分が最も優れた技術者である必要はありません。

専門領域の技術があるに越したことは無いですが、それ以上に学ぶ姿勢を忘れないことの方が何倍も大切だと考えます。

5.まとめ

以上が、近年世界的に高い評価を受けているインド出身経営者の特徴から分析した、私なりの次世代CEOに必要な能力です。

正直なところ、これらの能力が必要であると頭では理解していても、実際に言動に表すとなると訳が違います。当然、つらいと思う時、投げ出したいと思う時が来ることでしょう。

そんな時は、自分がこれまでの人生で見つけた信念に従ってください。もし、理想の自分と今の自分が全く持って解離しているのであれば、方法を変えることだって良いと思います。

私もインドでのインターンシップを経て、『自分に素直に生きる』ということの大切さに気付かされました。そして、逆にそのような変わらぬ思いを持たないという選択肢もあります。

いずれにせよ、自分自身が何者かを知るための時間は重要であり、自己理解を深めることこそが次世代CEOに近づくための、第一歩なのかもしれません。

※本記事の参考サイト一覧

(*1) BP chief quits after revelations of past relationships with colleagues | Culture & Behaviour | HR Grapevine | News

(*2)経済成長率予想No.1!? インド特集|JNB投資信託|ジャパンネット銀行 (japannetbank.co.jp)

(*3)Top Indian CEOs with MBA Degree | Articles For MBA Students | MBAROI

(*4) Top 29 Indian Origin CEOs Redefining Global Leadership (startuptalky.com)

(*5) Google CEO Sundar Pichai’s Vision for Return to Work

(*6)Sundar Pichai: The Journey to Becoming the CEO of Google (startuptalky.com)

(*7)Microsoftに「挑戦者の魂」を サティア・ナデラの破壊と創造 | 2016年6月号 | 事業構想オンライン (projectdesign.jp)

(*8)Satya Nadella Bio : Life Overview of Microsoft’s CEO – Business Chronicler

(*9) D’Unilever à Chanel, qui est Leena Nair, la plus jeune CEO de la maison de mode ? (lepetitjournal.com)

(*10)Leena Nair – Chanel CEO Success Story | Global Indian

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