ネットが生む孤独〜インドで拡がる過剰な“デジタル依存”の課題〜

by 橋口悠雅

1.はじめに

1日中、動画ストリーミングサービスを観たり、何も考えず永遠とSNSを触ったりと、このような時間の使い方は、現代においてそれほど珍しいものでもなくなってきました。

私もこれまでの人生で、1日の時間のほとんどをそれらのコンテンツ費やしてしまう時が多々あり、そのたびに虚無感と罪悪感で自分自身が押しつぶされそうになります。

このように、自分の意図では制御できないほどにハマってしまうというのは、まさに依存症の弊害であり、問題視されている点ではないでしょうか。

依存というワードだけで見ると、ギャンブル依存やアルコール依存など、その種類は様々です。どれも適度な使い方をすれば人生を豊かにしてくれるものばかりですが、どうしても過剰にハマってしまう人が出てきます。

その中でも、特に『デジタル依存』というのは今後の私たちの人生で最も注意しておかなければならないとものだと私は思います。なぜなら、デジタル依存はギャンブル依存やアルコール依存に比べても、第3者が規制することが非常に難しい場合が多いからです。

そして、現代において今後の世界経済を牽引していくと期待されているIT大国インドでは、デジタル依存の問題が明るみに出てきています。

本記事では、私たちの生活に欠かせないデジタルデバイスとの付き合い方をインドのデジタル依存問題と絡めながら深掘っていきたいと思います。

2.デジタル依存とは

まず、「デジタル依存」というワードについて、これが指すもの、つまりデジタル依存の定義とはどういったものなのでしょうか。様々な記事を参照した結果、「デジタル依存」という言葉に対する明確な定義はありませんでした。

しかしながら、世界保健機構(WHO)いわく、「インターネット・ゲーム障害」という言葉の定義は、以下の4つに当てはまる場合だと定められています。

  • ゲームのコントロールが出来ない
  • 他の趣味や活動より、ゲームを優先させる
  • 何かしらの問題が起きているにも関わらず、ゲームを続ける
  • 個人、家族、社会、教育、職場やその他の機能に著しい問題が生じている

これら4つの症状が現れている患者をアメリカ精神医学会では、「インターネット・ゲーム障害」と呼んでいます。

つまり、これらの要素はデジタル依存の問題としても定義できるのではないかと私は考えました。さらに、現代においてはゲーム以外のデジタル系娯楽は非常に多く、それらのコンテンツの視聴や使用を制御できていないと少しでも感じるのなら早い段階での対策を打つべきでしょう。(*2)

なぜなら、デジタル依存という問題は当事者が客観的に自分の依存症を発見するのが非常に困難な病気であり、身体的、精神的、社会的なすべての面から見ても相当な悪影響を及ぼす可能性があるからです。

Job総研というキャリア関係の調査機関によると、18~59歳のインターネットユーザー2000人以上に取ったアンケ―ト調査では、以下の写真のような結果も出ており、明らかに自覚症状無しで、多くの時間をデジタル関連の物事に費やしてしまっていることが分かります。(*3)

3. デジタル依存の背景にある要因

では、インドにおけるデジタル依存の特徴としてはどのような背景があるのでしょうか。
私が考える限りでは、情報アクセスの多様性、低価格のスマートフォンとデータ通信、政府のデジタルイニシアティブという3つが主な背景として存在していると思います。

(1) 情報アクセスの多様性

情報アクセスの多様性とは、つまりインターネットユーザーのアクセスできる情報の量と種類が諸外国の人々に比べて多いということを意味しています。インドでは14億人という規模の人口に対応するコンテンツやデジタルメディアが充足される必要があるので、それに伴い情報の多様性という面では他国に比べて勝ることが予想されます。

また、英語が公用語として登録されるほど、一般的に英語に触れる機会が多いインドでは、ネット上にある世界中の情報にアクセス可能なため、中国人や日本人のような高い割合で母国語しか扱えない人々と比べると圧倒的なアクセス量の差があると考えられます。

(2) 低価格のスマートフォンとデータ通信

インドでは、低価格のスマートフォンが普及しており、データ通信に関しても非常に手頃な価格で提供されています。私の場合は、日本だと毎月3500円の通信料だったのが、インドでは毎月1000円に収まっており、通信容量と速度に関しても、日本以上のサービスを享受していると感じます。

あくまで、これらは私の個人的な意見ですが、一般的に見ても他国と比較して、より経済的に制約のある広い層がデジタルサービスにアクセスできる環境にあると言えるでしょう。

(3) 政府のデジタルイニシアティブ

そして、インド政府によるデジタルインドの推進も非常に大きな要因の1つです。電子決済サービスやデジタルスキル向上のプログラムなど、政府主導でインドをデジタル国家にしようという取り組みが、国民のデジタル依存を増加させているという事実は明らかでしょう。
だからと言って、国家戦略を変える必要はありませんが、適切な対応や予防策を講じなければなりません。

4. インドのデジタル依存の現状

総人口14億人からなる大国インドの最大の強みはデジタル領域に長けた人材が多いということだと思います。今後も世界はテクノロジーの進化を必要とし、インドはその中心的存在として存在感を高めて行くことでしょう。

しかし、そのような快進撃の中、国の将来を担う若い世代が、デジタル依存が理由で1人の人間として健康に成長しなければ元も子もありません。

ドイツに本社を置く統計データ分析の会社Statista社は、インドのインターネット普及率が過去10年間で4倍に増加しており、2023年現在では総人口の約49%がインターネットを使用していると分析しました。

それほど高い数値には聞こえないかもしれませんが、絶対数で表すと約6億9200万人もの人々が日々インターネットを使っており、この数値は中国のインターネットユーザー数に次いで世界第2位になります。(*4)

また、同社による調査では、世界のインターネットユーザーがソーシャルメディアに費やす時間をそれぞれの国でランキング化しており、その結果インド人ユーザーのインターネット利用時間は世界第3位を記録しています。

やはり、インターネットのネイティブユーザーである10代~20代の若い世代が国の成長を牽引している新興国が上位を占める結果になりました。(*5)

これら2つの情報を掛け合わせると、国民全体のインターネット利用時間の絶対数はインドが世界1ということになります。

さらに、インド北部に位置するルディヤーナーという都市の医科大学が学生1,152人を対象として行った研究では、学生の約68.6%がスマートフォン中毒であるということが判明しました。

生徒の3分の2以上が連続して2時間以上スマートフォンを使用しており、そのほとんどの学生がうつ病、不安、ストレスなどの精神的問題を経験する可能性が高いという問題も浮き彫りになっています。

このように、現在のインドはレベルの高いITプロフェッショナルを多く育む一方で、深刻なデジタル依存という課題に直面している複雑な側面があると言えます。

5. デジタル依存への様々な対応

では、実際にインド国内ではデジタル依存に対してどのような対応策が講じられているのでしょうか。政府や国際連合の取り組みとして3つまとめたので、それらの政策が何を意図しているのかという部分を読み解いていこうと思います。

個人データ保護法

ソーシャルメディアに関する最新の法案としては、2023年8月11日に公式官報に掲載され急速に認知を広めたインドのデジタル個人データ保護法(DPDP法)があります。この法律は、「個人データの処理を規制する法律」で、小規模な企業から大手企業まですべての組織に適用される法律です。

この法律により、個人データを使用するすべての企業は、データの処理目的と手段を定義する必要があると明確に定められました。(特定の目的がある政府機関は例外を受けることが出来ます)

つまり、法の下で個人データの取り扱いにかかる同意または正当な使用に基づき、個人データの透明性やセキュリティー、および権利の保護が強化されることは、デジタル依存を生み出す1つの要因でもあった人間の心理や脳生理学を悪用したソーシャルネットワークサービスを一部規制することにも間接的に繋がります。

これはまさに、「スマホを見ているうちに何時間も時間が経っている」という現状を抑制できる可能性を秘めた法律であり、インド政府のデジタル依存削減に対する有力な一手と言えるでしょう。(*6)

インドの伝統ゲームの普及

ウッタル・プラデッシュ州でインド政府は小学生のスマートフォン依存の問題に取り組むため、学校教育に伝統としてあるインドのゲームを健康的な代替手段として取り入れることを推進しました。

この政策には、「かくれんぼ」や「目隠しゲーム」など遊びを教育として行うことで、子供たちの社会性や身体能力を向上させる狙いがあります。また、子供たちとスマートフォンのようなデジタルデバイスとの距離を置かせることで、子供のストレスを軽減させ、総合的な幸福度を上げる働きもしています。

これは小学生に限った話ではなく、日々仕事としてパソコンと向き合っている大人も取り入れるべき対応策だと私は思いました。(*7)

さすがに会社で「かくれんぼ」をすることは出来ませんが、数時間に1度、パソコンから離れて同僚や先輩と談笑するといった余裕を作るのも大事なことのような気がします。

ユネスコ(UNESCO)による勧告

国際連合の教育文化機関であるユネスコ(UNESCO)がインドの学校において、スマートフォンの使用禁止を提唱しました。これにより、教育者や専門家たちの間でスマートフォンの利用禁止による影響について意見が分かれ、全面的な禁止か、もしくは、微調整を施した規制とするかという議論がインド国内で注目を浴びています。

この提唱により、学校でのスマートフォン利用が学生の学力に良くも悪くも多大な影響を及ぼすという認識が教育関係のステイクホルダー内で共有されました。

学校でのスマートフォン禁止に賛成する立場の意見は、モバイルデバイスの存在が学業の妨げになる、学生のメンタルヘルスを維持できる、といったものが多くありました。

逆に、学内でのスマートフォン使用禁止に反対する人々の意見としては、デジタルリテラシーを学ぶ機会が減る、賢明なスマートフォン利用について教育するのは親の責任、という声が相次いでいます。(*8)

今後、インドの学校でのスマートフォン利用が禁止されるかどうかは分かりませんが、ユネスコが出した勧告は教育関係者の意識を改めさせたという事実だけでも十分にデジタル依存問題への対応として機能したのではないでしょうか。

6. デジタルデトックスの重要性

このように、インド国内に限らず世界中でデジタル依存の問題が議論されており、日々の仕事、社会的交流、ましてはオンラインショッピングや映画などの余暇活動までもがテクノロジーの支配下にある現代では、特に『デジタルデトックス』の重要性が増していると考えられます。

デジタルデトックスとは、特定の日や期間でスマートフォンなどのテクノロジーデバイスの使用を避ける取り組みです。これは、テレビやパソコンなどの利用時間を意図的に削減し、より創造的かつ社交的な活動(友達、家族、自然、セルフケアの追求など)に時間を割くことでメンタルヘルスと生活の質を向上させることを目的としています。

具体的なメリットを3つ挙げるとなると、以下のような点でデジタルデトックスは有益であると期待されています。(*3)

(1) 不安やストレスの解消

4.インドのデジタル依存の現状、でも触れたようにスマートフォン中毒とされる人々は、その他の人より不安やストレスを感じやすいという傾向にあります。なぜかというと、長時間のデジタルデバイス利用は「ソーシャルメディアを通した他人との比較」、「時間の浪費による自己成長への不安」といった自己否定に繋がる環境に晒されてしまうことが多いからです。

実際に、ルディヤーナーの医科大学で行った研究では、対象となる学生の37%がスマートフォンの通知が気になってしまい、不安、ストレス、孤独などの感情を引き起こしていることを認めました。

このような現状があるからこそ、過度なデジタルデバイス利用を控えることがメンタルヘルスの改善や精神的な安定性をもたらしてくれると期待されます。

(2) 社会的交流の強化

デジタルデトックスはリアルな社会的交流の機会を増やし、人間関係の強化に貢献します。これまで、スマートフォン利用に使っていた時間を周りにいる友達や家族との対話の時間に変えてみるだけでもその効果は抜群で、事実、アメリカ国立衛生研究所が出したレポートでは、5日間スマートフォン利用を制限した結果、対象者の幸福度が4.8%から8.6%に上昇したことが分かっています。

スマートフォンから解放された時間を通じて、直接的な会話や対話を心がけることで身近な人々との関係性が深まり、共感が生まれます。

また、自分との対話という面でも自己理解が促進されるので、物事に対する考え方の向上やセルフマネージメントスキルの上達が図れることでしょう。(*10)

(3) 身体の健康

デジタル依存による身体への影響は目の疲れ、脳への過度な刺激、睡眠の質の低下など様々な点で健康を害することがあります。これらの問題は、長時間にわたる目への圧力やメラニンという睡眠サイクルホルモンの放出を妨げるブルーライトによって引き起こされることが多く、全体的な健康と生活の質を大幅に悪化させる要因となります。

また、身体的な悪影響は人生と通して、取り返しのつかない問題になる可能性があるため、より真剣に対応策を考える必要があります。

様々な研究結果から、運動や瞑想などのセルフケア活動を少しでも日々の生活に取り入れるだけで、身体全体の調子とリズムが整うことは間違いありません。

7. まとめ

本記事では、多くの研究結果と筆者である私の見解をもとに、インドにおけるデジタル依存の実態、具体的な対応からデジタルデトックスの重要性まで幅広い内容を考察してきました。

私自身、インドに渡航して以来、デジタルデトックスの考え方に非常に共感しており、日々の生活でセルフケアの時間を意図的に取り入れるようにしています。

特に、朝の余裕がある間に、艶やかで活気のある緑と自由に遊んでいる動物を眺めながら飲むチャイ時間が大好きになりました。自分でも驚くほど、生活の質が向上していると感じられるので、ぜひ皆さんも実践されることをオススメします。

もちろん、テクノロジーの進化により私たちの生活が豊かになったという面は肯定されるべき事実です。

しかし、そのような環境だからこそ、私たちは1人の人間として何を大切に生きていくかと深く考えること、それがデジタル依存に打ち勝つという意味でも非常に重要なことではないでしょうか。

 

※本記事の参考サイト一覧

(*1) Digital Addiction: Should You Be Worried? | Bernard Marr

(*2) デジタル依存 – 【六本木駅直結0分の心療内科/精神科・診断書当日発行】六本木ペリカンこころクリニック (pelikan-kokoroclinic.com)

(*3) Job総研による『2022年 スマホ依存の実態調査』を実施 8割がスマホ依存に該当 コロナの孤独に使用時間1.5時間増|ライボのプレスリリース (prtimes.jp)

(*4) Chart: India’s Growing Internet Connectivity | Statista

(*5) SOCIAL MEDIA-Where Do People Spend the Most Time on Social Media? (fishsensedq.com)

(*6) The Digital Personal Data Protection Act of India, Explained – Future of Privacy Forum (fpf.org)

(*7) Don’t be addicted to mobiles, play traditional sports: Yogi govt to primary school children, ET Government (indiatimes.com)

(*8) Should there be a blanket ban on smartphones in schools? – Civilsdaily

(*9) What Is Digital Detox And The Increasing Importance In Today’s World (abplive.com)

(*10) 8 incredible ways a digital detox makes you happy – Digital Detox – Time to Log Off (itstimetologoff.com)

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