1. はじめに
近年、『SUSHI』を初めとした、日本が世界に誇る食文化は、先進国だけでなくいくつかの新興国においても、その注目度が高まってきています。2023年半ばに総人口が中国を超えて世界一位になったインドも、その内の一国であると言えるでしょう。
ただし、日本の25倍ほどの国土を持つインドは、日本以上に宗教や民族など多様性があふれているため、地方によって全く異なった価値観を持っている人々も存在します。
故に、日本食が受け入れられる地域は、特に都市部であることが多いです。そして、その中でも、今後、日本の食文化が高く評価され得る都市として、私はインドの南部地方にあるバンガロールという地域を強くお勧めします。
本記事では、現地のインド人を対象とした調査や実際に足を運んでみて感じた情報をもとに、インド全体の外食市場、特にバンガロールにおける日本食の可能性といった点について深掘っていきたいと思います。
2.インドにおける外食市場の実態
ではまず、インドの外食産業がどれほどの可能性を秘めているか知るために、マーケットサイズを確認しましょう。近年、インドの外食産業は国の経済成長と共に非常に急速な成長を遂げています。
統計データや市場調査を行っている情報提供企業Statista社は、インドの外食産業のマーケットサイズが2022年の411億米ドル(およそ6兆円)から年平均成長率11.19%を維持して、2028年までに796.5億米ドル(およそ12兆円)にまで達する可能性があると予想しました。これほどの規模でインドの外食産業が成長している要因としては以下のような3つが考えられます。(*2)
人口増加と都市化
国連人口基金(UNFPA)の「世界人口白書2023」によると、インドの国内総人口が中国を抜いて世界一位になったことが分かりました。今後も人口は増え続け、2050年までにはおよそ16億7000万人に達するとされており、都市部への人口流入も増えています。結果として、都市部での忙しい生活スタイルやデュアルインカムの家庭が増えているので、外食需要もそれに伴って拡大している傾向にあります。
※ デュアルインカム 「夫婦やパートナーが2つの異なる収入源を持つ状態」
経済成長と中間層の増加
インドは経済も順調に拡大しており、外食を楽しむ余裕がある中間層が急増しています。外食は単なる食事を超えて、社交やエンターテインメントの一環としても位置づけられるため、現在、様々な食文化やレストランの多様性に対する需要が高まっています。
デジタルトランスフォーメーション
デジタル決済やフードデリバリーが急速に広まっていることも、外食産業の急成長を支えている要因であると考えられます。私の感覚では、インドは日本よりも先進してデジタル決済のシステムが整っており、世界銀行が調査したレポートでも2021年の時点でデジタル決済の普及率が78%だったことが明らかになっています。これにより、フードデリバリーサービスを利用する人々が多くなっている現状があります。(*3)
3. バンガロール地域とは
インドにおける外食産業が非常に成長しており、将来的にも様々な要因から需要増加の可能性があるということはご理解いただけたかと思います。
従って、以降のセクションでは「なぜ、バンガロールという地域が特に飲食産業の進出先として良いのか」という部分に焦点を当てて解説していきます。
まず、バンガロールという地域はインドの南部に位置する都市で、カルナータカ州の州都でもあります。この都市はIT産業の中心地として知られており、多くの国際的なIT企業やスタートアップが拠点を置いています。
また、緯度や標高の影響で1年を通して比較的穏やかな気候が続くため、美しい公園や庭園も多く、他のインドの都市とは違った独自の雰囲気が感じられる都市です。
私も現在バンガロールに在住しているのですが、穏やかで涼しい気候、日々の抱えてしまうストレスなどの観点から鑑みると、個人的には日本よりも過ごしやすいと感じるほどです。
また、宗教的に牛肉を食べない人が多いインドでは、珍しく牛肉が食べられるレストランがあることも、日本人にとってバンガロールが過ごしやすい都市である理由の一つではないかと考えます。
クラフトビールのレストランも非常に多く、日常的にワインやビールを嗜みたい人からすると、まさに天国のような地域ではないでしょうか。(*4)
都市人口の調査を見ても、バンガロールはインドで第5位に人口が多く、国内でも特に外食を頻繁にする人々が多い場所として知られています。
都市名 | 都市圏人口 | 外食比率 | 外食人口 |
デリー | 2,175万人 | 7.3% | 159万人 |
ムンバイ | 2,074万人 | 11.1% | 230万人 |
コルカタ | 1,461万人 | 6.0% | 88万人 |
チェンナイ | 891万人 | 11.2% | 100万人 |
バンガロール | 872万人 | 32.7% | 285万人 |
※農林水産省 インド食品市場調査 DENTSU
表から分かる通り、現在のバンガロールはインド最大の外食市場であり、その需要は将来的にも、市内における人口の拡大、新たに開発される集合住宅・近代的なショッピングモールの建設ラッシュ、といった様々な要因で潜在的な外食市場のパイが増幅していると推測されます。(*5)
4. バンガロールでの店舗拡大
では、実際にバンガロールで飲食店を展開していくとなると、やはり新規店舗の出店エリアという要素は外国での店舗拡大において非常に重要なポイントになると考えられます。
そこで、以下にバンガロール市内で出店をする場合の人気エリアを2つの観点に分けてまとめたので、ぜひ現地の雰囲気を掴む際の参考にして頂きたいと思います。
バンガロール市内主要エリア
MG Road メトロ駅周辺 (Church Street、Lavelle Road)
MG Road (Mahatma Gandhi Road)はバンガロールの中心部に位置している、繁華な商業エリアです。高級ブランドの店舗、レストラン、ナイトクラブが豊富で、洗練された雰囲気を放っています。夜になると、多くの場所で活気あるナイトライフを楽しむことが出来きるので、ビジネスやショッピングに適しています。(*6)
インディラナガー (Indiranagar)
インディラナガーは多くの経済的中間層の家族が住んでいる住宅エリアです。比較的静かで住みやすいため、家族向けのショッピングストリートが多くあります。また、メトロが通っているのでアクセスも良好で、異なる雰囲気のカフェやレストランも多数ある印象です。(*7)
コラマンガラ (Koramangala)
コラマンガラは日本でいう渋谷のような若者が多い街として特徴的です。IT関連の企業や大学が多く、非常に活気のある現代的なライフスタイルが広がっています。しかし、MG Roadやインディラナガーのようにメトロは通っていないので、アクセスという点ではリクシャーやタクシーのみと少し不便かもしれません。(*8) (*9)
ホワイト・フィールド (Whitefield)
ホワイト・フィールドはバンガロールの東部にあり、IT企業や住宅地が多い地域です。過去に欧米人(白人と呼ばれる人たち)が多く住んでいた地域で、今でもその名を引き継いで、多くの欧米人が居住しています。ショッピングモールや公園なども充実しており、IT関連の仕事に従事している人々が多く住んでいる高級住宅もいくつか点在しています。(*10) (*11)
開発に伴って飲食店オープンが多いエリア
次に、新規の飲食店オープンエリアとバンガロール市内で新規店舗が増加しているスターバックスコーヒーのオープンエリアを比較して、バンガロール進出の際にミクロ的視点からどのエリアだと集客を期待できるか考察していこうと思います。
以下は、スターバックスコーヒーが公式で発信しているバンガロール市内の店舗立地です。何店舗あるのか数えたところ、合計で38店舗がバンガロール市内で運営されていました。また、これらの地域を大きく3つに分割すると、近年の飲食店オープンが多いエリアと同様に分類することが出来ました。(*12)
北バンガロール : Kalyan Nagar、Nagawara、Hebbal、Thanisandra周辺
東バンガロール : HSR Layout、Bellandur、Sarjapur Main Road
南バンガロール : Jayanagar、JP Nagar、Konanakunte周辺
さらに、Google Mapのクチコミ機能でエリア別の評価数を詳しく調査すると、特に南バンガロールに位置する店舗のクチコミ集(集客数)が他のエリアと比べて多いという結果になりました。
私の個人的な推測ではありますが、南バンガロールはコラマンガラ(市内主要エリア)の特徴で述べたように、IT企業や大学が多く近代的な雰囲気を出しているため、流行に敏感な若者やワークスペースを求めるエンジニアなどがメインのターゲットで集客を可能にしているのかもしれません。
「感動を創造する」ことを大切にしているスターバックスコーヒーの立地戦略は、まさにバンガロールにおける日本食のポジションと立ち位置が似ており、日本食レストランをどこで展開するか決める際の重要な判断材料として役に立つのではないかと考えます。(*13)
5. 外国料理を提供する主な飲食店
バンガロール進出を考えておられる読者の皆様の目線で出店エリア候補を調査しましたが、参考にして頂けたでしょうか。現地からの情報は上記にある通りですが、これらはあくまで筆者である私が調べたものなので最終的には現地に赴いて市場調査を徹底的に行うことをオススメします。
では次に、バンガロール市内で外国料理を主に提供している飲食店はどのような店舗があるのかを見ていきましょう。以下は、過去10年で店舗数が拡大した外国料理の飲食店、当地の人気な日本食レストランといった2つの内容をまとめたものです。
過去10年で店舗数が拡大した外国料理の飲食店
(1) Toscano
人気のイタリアンレストラン。筆者の私が把握している限りだと、2015年頃にはUB CityとOrion Mallの2店舗のみだったのが、現在ではベンガルール市内に9店舗を出店しています。出店エリアは、前述の2店舗の他、MG Roadメトロ駅付近、Koramangalaエリア、Whitefieldエリアに加えて、近年急速に発展する北部エリア、南部Jayanagarなど複数に渡ります。
Website: https://toscano.world/toscano-banglore/
Instagram: https://www.instagram.com/toscano_india/?hl=ja
(2) Chianti
Toscanoと同じく人気のイタリアンレストラン。こちらも把握している限りだと、2015年頃にはKoramangalaとIndiranagarの2店舗のみだったのが、現在はベンガルール市内で、MG Roadメトロ駅付近、Hebbal、Bellandur等を含む合計7店舗を出店しています。
Website: Chianti Classico – Il primo territorio di vino
Instagram: https://www.instagram.com/chiantiristoranteandwinebar/
(3) Brik Oven
2016年頃にMG Roadメトロ駅付近のChurch Streetで第1号店をオープンしたピザ専門店。現在は、ベンガルール市内で、Indiranagar、Koramangala、Bellandur 、Whitefield等の主要エリアを含む8店舗を展開しています。
Website: https://www.brikoven.com/
Instagram: https://www.instagram.com/brikovenblr/
(4) Paris Panini
2015年にフランス人オーナーがフードトラックから開始したフレンチサンドウイッチレストラン。SNSで話題になり、現在はベンガルール市内でChurch Street、Indiranagar, Koramangala, Bellandur、Whitefield等に7店舗を展開しています。
Website: https://www.parispanini.com/
Instagram: https://www.instagram.com/parispanini/?hl=ja
(5) Chinita Real Mexican Food
本格メキシコ料理レストラン。New Yorkの料理学校で学んだシェフと米国での就業経験のあるインド人2名で創業。2011年に小さなキッチンからスタートし、その後、2015年頃にIndiranagarの第1号店が口コミで人気になりました。現在は、KoramangalaとWhitefieldにもオープン。Bellandurにもオープン予定であり、ベンガルール市内で合計4店舗になる予定です。
Website: https://www.chinita.in/
Instagram: https://www.instagram.com/chinitarealmexicanfood/
(6) Daily Sushi
韓国人の起業家が創業。Sushiをスタイリッシュかつポップに表現しているデザインが印象的のアジアンレストランで、2018年に1店舗目を出店しました。聞いたところによるとフランチャイズ展開をしており、既にベンガルール市内の主要エリアに11店舗を保有しているそうです。
Website: https://dailysushi.in/
Instagram: https://www.instagram.com/dailysushi.in/
当地の人気な日本食レストラン
(1) くふ楽 (Kuuraku)
くふ楽は焼鳥居酒屋KUURAKU GROUP(千葉 代表取締役 福原裕一)のインド子会社KUURAKU INDIAが、2022年7月にバンガロールでオープンした店舗。MG Roadメトロ駅周辺にある、複合商業施設「FORUM REX WALK」の施設内に出店しており、2023年でグループ事業の立ち上げから10年になるとのことです。
実際に店舗で食事をした感想としては、日本の焼鳥居酒屋と比べても味は見劣りすることなく、非常に満足のいく料理が多い印象がありました。何より店の内装からスタッフの対応まで、忠実に日本の居酒屋を再現しているため、インドの人々からすると食事をする前から非日常を味わえる空間ではないかと感じます。
Website: Kuuraku India Pvt. Ltd.
Instagram: Kuuraku India(@kuuraku.india) • Instagram写真と動画
(2) 祭 (Matsuri)
祭は、トヨタグループがプロデュースしているHotel Chanceryに隣接している日本食レストラン。こちらもMG Roadメトロ駅周辺に立地しており、バンガロールの中心街ということで比較的所得の高い層をターゲットにしていると考えられます。
実際に食事をしてみた感想は、くふ楽と同じくクオリティーが高い料理がほとんどでした。しかし、店内の雰囲気はくふ楽とは異なり、とても高級な内装で入り口から種類豊富な日本酒や和太鼓が出迎えてくれるという日本ならではの「おもてなし」が施されていました。(*14)
Website: Chancery Hotels
Instagram: Matsuri – Instagram • 写真と動画
(3) 播磨 (Harima)
播磨はMG Roadから車で10分程の場所に位置しているバンガロールの中でも特に有名な日本食レストラン。駐在員の日本人の方々にも人気があり、お昼にはお弁当のデリバリーサービスを行っているとのことです。(*11)
私は播磨で食事をした経験がないのですが、周りの日本人の知り合いの方々に聞くと、味も雰囲気も素晴らしいと述べられていました。テラス席も用意されているらしく、気候が穏やかなバンガロールであれば心地よく開放的な食事が楽しめるのではないでしょうか。(*15)
Website: Harima – Everything Japanese from Sushi to Wasabi
Instagram: Harima(@harimarestaurant) • Instagram写真と動画
6. 成功のカギはSNS&デリバリー!?
ここまでは、バンガロール進出でオススメのエリア、人気の外国料理を提供する飲食店という内容で話を展開してきました。あまり情報が出ていないだけで、競合となるかもしれない飲食店はすでにいくつか存在していることをご理解して頂けたでしょうか。
しかし、それらを差し引いても、今後のバンガロールにおける飲食業界は人口増加や所得水準の上昇などの理由から可能性に満ち溢れています。
では、現在すでに人気のある飲食店と競い合い、出し抜くためにはどのような策が必要になるのでしょうか。私は日本食レストランのバンガロール進出成功のカギは「SNSマーケティングとデリバリーシステムの導入」にあると考えています。
SNSマーケティングは店舗の雰囲気や料理の紹介をするのに相性が良く、日本においても重要視されていると思います。また、人々の興味を惹く投稿が出来れば拡散力という面においても非常に効果的です。
インド国民の平均年齢は約28歳で、日本国民の約49歳と比べると、圧倒的な年齢層の違いがあります。加えて、総人口が約14億人いるインドでは、バンガロールに限らずSNSマーケティングをしないという選択肢はありません。
次に、なぜデリバリーシステムの導入をオススメするかというと、IT都市のバンガロールおいてECやフードデリバリーサービスは世界トップクラスで一般利用されているからです。
国を挙げてIT国家を推進しているインドでは、本記事の冒頭でも述べた通り、デジタル決済サービスやECプラットフォームの整備が整っています。よって、非日常や感動体験を提供する日本食レストランだったとしてもデリバリーサービスの導入は早い方が良く、バンガロール市内での店舗拡大のスピードを速めることが期待されます。
また、以下のグラフは「バンガロール市民の好む料理」に関する調査で、若者の多いバンガロールでは、やはり比較的安価なパスタやピザなどのファストフードが人気であるということが分かりました。(*16)
そして、現在バンガロール市内にある日本食レストランは大体が高所得者向けの勝負をしており、バンガロール市民全体の需要に応えているとは言えません。
となると、私の見解としては「インドの若者でも手が届きそうな価格帯で、SNSやデリバリーを駆使しながら日本のファストフード店を南インドで展開する」という戦略が最も成功確率が高く差別化も図れるバンガロール進出ではないかと考えます。
7. まとめ
本記事では、インド、特にバンガロールにおける飲食業界の将来性、実際に進出した際の戦略といった2つの点について、筆者自身が現地で得た情報と様々な調査を掛け合わせて考察してきました。
もちろん、日本国内で事業をするという選択肢もありますが、世界のグローバル化が急速に進む現代で、少し外を見れば日本の文化や食事を求めている人々は大勢います。
どうしても言語や文化の違う異国の地に一歩踏み出すというのは勇気がいることです。しかし、「人と違うことをするからこそ価値が生まれる」と私は考えています。
それに、実際に現地に来て挑戦している人であれば、周りの日本人の方々も応援してくれて、助けてくださることの方が多いです。
なので、もし飲食関係の事業をこれから始める、または新規で店舗拡大を目指すという方々が居られるのであれば、その進出先として今後も飛躍的な成長が期待できるインド、その中でもバンガロールを選択肢に入れてみることを強くお勧めします。
※本記事の参考サイト一覧
(*2) India: food service market size 2028 | Statista
(*3) The Global Findex Database 2021 (worldbank.org)
(*4) インドなのに住みやすい! 素敵なバンガロールライフの楽しみ方 | インド就職をサポートするメディア Palette | 生活情報から働く人の体験談まで! (palette-in.jp)
(*5) インド6店舗目は“インドのシリコンバレー”バンガロール!インド株式市場(ボンベイ証券取引所)への上場を目指す! | のプレスリリース (dreamnews.jp)
(*8) 【コラマンガラ】バンガロールの渋谷と呼ばれる街の紹介! | ファインダー越しに世界を散歩 (hiko-pro.com)
(*9) Exploring Koramangala | Most Happening Places in Koramangala | Bangalore Localities – 動画 Dailymotion
(*10) バンガロール東地区、欧米人居住者の多い便利なIT地区 | インドと日本をつなぐメディア Shiva-Station (シバステーション)
(*11) Top Companies in Whitefield Bangalore – Nestaway Information Guides for Housing & Living
(*12) Store Locator: Starbucks Coffee Company
(*13) スタバが「スタバのありそうな街」にある理由 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
(*14) ~ 日本食事情 バンガロール編 ~ – インド進出ブログ/東京コンサルティンググループ (kuno-cpa.co.jp)
(*15) バンガロール日本食料理店まとめ (vagabond-india.com)
(*16) Starting a new restaurant in Bangalore? Here’s what you should know… | by Shubham Ojha | Medium