タミルナドゥ州の州都チェンナイから南へ凡そ300kmほど離れた場所にタンジャブールという都市があります。
現在タミルナドゥの中心都市はチェンナイですが、チェンナイが発展したのはイギリスの統治が始まった17世紀以降のことで、それ以前はチェンナイよりもタンジャブールの方が遥かに都会でした。
タンジャブール郊外にあるクンバコナムという街には、タミルナドゥ州が生んだ天才数学者であるラマヌジャン(1887-1920)の生家もあります。
タンジャブールは日本人にとって有名なインド旅行先ではありませんが、欧米人を中心に大勢の旅行客が訪問しており、一味違ったインドを知りたい旅行者にオススメです。
藤原正彦氏の「国家の品格」で絶賛されたタンジャブール
タンジャブールは、数学者の藤原正彦氏のベストセラー「国家の品格」で、非常に美しいと絶賛されている場所です。
「国家の品格」は日本が目指すべき方向性を説いた本ですが、一体タンジャブールとどんな関係があるのでしょうか?
藤原正彦氏は「国家の品格」において、「数学や物理などの、すぐに商用化できない基礎研究に力を入れていることが長期的な国家発展の条件である」と述べています。
そして、数学や物理の天才的な閃きは狭い部屋で机に向かってガリガリと勉強していても生まれるようなものではなく、美しい土地で美しい風景に触れることで生まれるという持論を展開しています。
歴史上数多くいる天才数学者達の中で、天才中の天才として藤原氏が挙げているのがインド人の数学者シュリニヴァーサ・アイヤンガル・ラマヌジャンです。
ラマヌジャンは、「我々の百倍頭が良い」というタイプの天才ではありません。「なぜそんなことを思いつくのか見当もつかない」というタイプの天才なのです。
アインシュタインの特殊相対性理論は、アインシュタインがいなくても二年以内に誰かが発見しただろうと言われています。数学や自然科学の発見の殆どすべてには、ある種の必然性が感じられます。ところがラマヌジャンの公式群は、圧倒的に美しいのに、必然性がまるで分からないのです。藤原正彦「国家の品格」 P168-169
ラマヌジャンは数学の歴史に残る大天才のため、藤原氏は「さぞかしインドは美しい土地なのだろう」と期待してインドを訪れたのですが、彼にとってインドではどこを訪れても衝撃的な汚さだったため、「天才は美しい土地で生まれる」という自分の仮説の誤りを認めざるを得ませんでした。
どこにも美しいものがない。困りました。「数学では美的情緒がもっとも大切」「若い時に美に触れることは決定的に重要」などと言ったり書いたりしていながら、あれほど美しい公式を、インドの地で三千五百以上も発見したラマヌジャンにあてはまらないことになる。彼は二十代の前半をマドラスで過ごしているのです。私の説に対する余りにも劇的な反例です。
藤原正彦「国家の品格」 P167
そこで藤原氏は2回目のインド訪問時、ラマヌジャンの生まれ故郷であるクンバコナムとタンジャブールを訪れました。
周辺に、恐ろしく美しい寺院がいくつもあるのです。寒村にまでとてつもなく豪壮な美しい寺院がある。
クンバコナム近くのタンジャブールで見たブラハーディシュワラ寺院は、本当に息を呑むほどに壮麗でした。この寺院を見た時、私は直感的にこう思いました。「あっ、ラマヌジャンの公式のような美しさだ」と。藤原正彦「国家の品格」 P168
「天才は美しい土地で生まれる」という藤原氏の説が正しいかどうかは置いておいて、265万部を超えるミリオンセラー書籍で絶賛されたタンジャブールとは一体どれほど美しい場所なのでしょうか?
ブラハーディシュワラ寺院(Big Temple)
ブラハディーシュワラ寺院はチョーラ朝の全盛期である1010年に、当時の王ラジャラジャ1世が建築した、シヴァ神を祭る寺院であり、世界遺産に登録されています。
高さが約66メートルあり、建設された当時ではインドで最も高い建物だったそうです。
高さ66メートルと言えば、20階建ての高層ビルの高さに相当します。高い建物に見慣れた現代人の私ですら驚愕する高さだったので、当時の人達にとっては一生の思い出となったのではないでしょうか。
ブラハーディシュワラ寺院は日本人でも建物の中へ入ることができ、奥へ行くとバラモンがおでこに白い粉をつけて祝福してくれます。
ラジャラジャ1世は東は中国から西はバグダッドまで様々な国と交易を行い、当時のタンジャブールはインド洋の拠点として栄えていました。
現地ガイドによると、タンジャブールの人達は今でも当時の栄光を誇りに思っているそうです。
ブラハディーシュワラ寺院は確かに美しいです。タンジャブールの街全体が大都市ほど混沌としておらず清潔で、とても落ち着く場所でした。
なお、インドの寺院はどこでもそうですが、ブラハーディシュワラ寺院も境内の外で靴を脱がなければならず、炎天下の中で屋外を裸足で歩かなければなりません。境内の入り口に、靴を預ける場所があります。
上の写真をよく見ていただくと、屋外にも拘らず裸足で歩いているのをご確認頂けると思います。
ブラハーディシュワラ寺院(Big Temple)
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タンジャーヴール・マラーター宮殿
ブラハディーシュワラ寺院にマラーター宮殿はチョーラ朝から時代が下って、16-17世紀頃にタンジャブール周辺を治めていたナヤーカ朝の宮殿です。
10世紀頃はタンジャブールが南インド最大の都市でしたが、16世紀になると南インドで最も発展していた国はカルナタカ州のハンピに首都を置いていたヴィジャヤナガル王国であり、ナヤーカ朝はヴィジャヤナガル王国の臣下でした。
マラータ宮殿には王様がコレクションしたと思われる、ブラフマンなどの神像が多数展示されています。
シアターではタンジャブールの発展の歴史を知ることができます。タミル語ですが英語の字幕がつきます。
タンジャーヴール・マラーター宮殿
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タンジャブール近郊の田園地帯
タンジャブールは小さな町なので、駅から30分ほど散歩すると農村風景を見ることができます。
散歩しているとトラクターで農作業をしている人たちがいました。
地元の方に話を聞くと、4~5年前は全て手作業や牛馬だったそうですが、2015年頃から徐々に豊かになってきて農業機械が広まってきているそうです。
住宅も、以前は茅葺屋根の簡素な住宅が多かったようですが、多くの家がコンクリート製の新しい住宅に建て替わりつつありました。
地元の方によると、以前は農業をやるしかなかったそうですが、経済発展に伴って2015年頃からチェンナイでの仕事が増えて、出稼ぎに行った子供が親へ仕送りをすることでタンジャブールの農村も豊かになりつつあるそうです。
中国の農村を歩くと20~40代の世代が出稼ぎで都会へ行き、子どもとお年寄りだけが村に残っているという光景をよく見かけます。
タンジャブールへのアクセス
日本からタンジャブールへ旅行する場合、まずは成田からの直行便でチェンナイへ行き、チェンナイから鉄道でタンジャブールへ向かいます。
タンジャブールへは、チェンナイ・エグモア駅から直通列車が毎日6本ほど出ています。
タンジャブールの2駅手前のクンバコナム駅の近くに、藤原正彦氏の本で紹介されていた天才数学者ラマヌジャンの生家があります。
UZHAVAN EXPRESSに一等寝台はありませんが、二等寝台(2A Class)でチェンナイからタンジャブールまで855ルピー(約1,300円)です。