1.はじめに
ここ最近、日本でもインドの国力が年々増加しているという内容のメディアを見る機会が増えていると感じます。国内総生産(GDP)の成長率や若手の労働人口、日々進化する技術革新の状況を見るに、インドが世界の重要国家になっていることは間違いありません。
そして、その大国インドを1人の優れたリーダーとして指揮している方こそ、第18代インド首相(2024年時点)ナレンドラ・モディ首相(Narendra Modi)です。
個人的には、「目にする機会も多いし、白髪で覚えやすい顔つきの首相」という印象を持っています。比較的柔らかな顔つきということもあり、好感を持っている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、モディ首相の経歴や業績を知ることで、なぜインドが急速な成長を遂げているのか、そして今後、インドが世界全体にどれほどの影響を与えるかについて考察していきます。
2.モディ首相ってどんな人?
それでは早速、ナレンドラ・モディ首相について、彼の経歴や思想を詳しく学び、大まかな人物像を理解しましょう。
インドという大国の指導者である彼の人生を学ぶことで、私たちの日常生活に役立つ知見やヒントを見つけることができるでしょう。
1)これまでの経歴
・生誕 : 1950年9月17日、グジャラート州ヴァドナガル
・教育 : 政治学で学士号(デリー大学)、政治学で修士号(グジャラート大学)
・RSS加入 : 1970年代初頭
・BJPへの参加 : 1987年
・グジャラート州首相 : 2001年 – 2014年
・インド首相 : 2014年以降
モディ首相は、インド北部グジャラート州の小さな町で生まれ、茶の販売を生業にする家庭で育ちました。若い頃から社会に対する深い洞察を持ち、特に政治科学への関心が高かったとされています。
彼は、グジャラート大学で政治科学の修士号を取得した後、ヒンドゥー民族主義を支持するラシュトリヤ・スワヤムセヴァク・サン(RSS)への参加を経て、政治の道を歩み始めました。この団体での活動は、彼のキャリア形成に大きな影響を与えたそうです。
RSS内で学生団体を立ち上げるなど着実に実績を上げたモディ首相は、更なるキャリアとしてインドの主要な政治党であるバラティア・ジャナタ党(BJP)に入党し最終的には州首相となりました。
彼のリーダーシップのもと、経済改革やヒンドゥー文化の振興に焦点を当てた数々の政策が推進され、インドは新たな発展の道を歩み始めたと言われています。2019年の選挙では、国民の圧倒的な支持を受けて見事に再選され、COVID-19パンデミックが世界を襲った際には、迅速な対応で国民の信頼を勝ち取り、インドの危機管理において重要な役割を果たしました。
彼のリーダーシップは国内外で高く評価されており、今後もモディ政権の政策や決断がインドの未来を形作る上で不可欠であると広く認識されています。(*1)
2)これまでの思想
幼少期から政治という分野に関して強い興味を抱いていたモディ首相ですが、現在インドの指導者として活動している彼の思想とはどのように形作られているのでしょうか。
これまでに、公の場で見せてきた言動や実行してきた政策から分かる主な思想を以下の4つにまとめて解説していこうと思います。
2-1. 強い国家主義
モディ首相は、強い国家主義の思想を持っています。彼の政策や発言からは、インドの主権と自立を重視する姿勢が明らかです。特に国境の安全や外交政策において、インドの国益を最優先する方針を取っていることが窺えます。
モディ首相は、国際舞台でのインドの影響力を高めることにも尽力しており、これは彼の強い国家主義の表れと言えるでしょう。
2-2. 経済成長とインフラの発展への重点
経済面において、モディ首相は経済成長とインフラの発展に重点を置いており、モディ政権下で多くの改革が実施されて来ました。特に、GSTの導入や高額紙幣の廃止などは、経済の透明性を高め、税収を増加させることを目的としています。
また、インフラプロジェクトの推進により、交通網の改善や都市開発が進んでおり、これらの政策はインドの持続可能な経済成長を促進するためのものだと言われています。
2-3. 「最小政府、最大統治」の理念
モディ首相は、「最小政府、最大統治」という理念を掲げています。これは、政府の役割を最小限に抑えつつ、効率的で効果的な統治を行うことを目指す考え方です。彼は、官僚制の簡素化や政府プロセスのデジタル化を推進し、透明性と迅速なサービス提供を実現しようとしており、この理念はインドの政府機関の効率化と公共サービスの質の向上を目指すものであると言えるでしょう。
2-4. 宗教的・文化的価値観への強い影響
モディ首相は、宗教的・文化的価値観にも強い影響を受けています。特に、ヒンドゥー文化と伝統の保護・促進に力を入れていることが知られています。
彼の政策の中には、ヒンドゥー教徒の価値観を反映したものも多く、宗教的・文化的なアイデンティティの強化を図っているとされています。しかし、このアプローチは時に、他の宗教や文化に対する包摂性を欠くとの批判も受けていることも事実です。 (*2)
3.成し遂げてきた実績
ナレンドラ・モディ首相の政策や政治スタイルには国内外から賛否が分かれていますが、彼が数多くの実績を上げていることは明らかです。
以下に、インドの近代化とビジョンを反映させたモディ首相の主な政策を3つまとめたので見ていきましょう。
『経済改革』
1つ目は、国の経済成長と国際競争力の確立を目的とした経済改革です。以下の改革はインド経済の構造的変化を目指しており、経済の透明性を高めると共に、長期的な成長の基盤を築くことを狙っています。
しかし、いくつかの改革は短期的な混乱や挑戦も引き起こし、その効果と影響には様々な意見があります。
・デモネタイゼーション(高額紙幣の廃止)
デモネタイゼーション(高額紙幣の廃止)は、インド政府によって2016年に実施された経済政策です。この政策の主な目的は、非公式経済(いわゆる“ブラックマネー”)を減少させ、税収を増加させることでした。
具体的には解説すると、インド政府による前触れの無い突然の発表で500ルピーと1000ルピーの紙幣が突然無効とし、新しいデザインの500ルピーと2000ルピーの紙幣に交換させるという政策で、結果的に実施後の2017-2018年度には税収の成長率が18.70%と飛躍しました。
(*3)デモネタイゼーションに関する資料:Institute for Social and Economic Change
しかし、その過程で起きた国内の現金流通の混乱が、一時的に経済活動に影響を及ぼし、その準備不足と実行方法が、批判と懸念の対象になりました。
政府としてはこの決定を、脱税と非公式経済に対抗し、透明性を高めるための必要な一歩として位置づけています。
・物品サービス税(GST)の導入
ナレンドラ・モディ首相が導入したGST(物品サービス税)制度は、インドの人々の生活に大きな影響を及ぼしています。この税制の簡素化と再編により、消費者、ビジネスオーナー、そして市場全体の動きが、税制の単純化、価格の変動、ビジネスの運営、デジタル決済の促進、といった観点でポジティブな影響を及ぼしています。
以下はインドが導入したGST(Goods and Services Tax、物品サービス税)の税率スラブごとの商品数の変化を示しているグラフです。
(*4)GSTに関する資料:PHD Chamber of Commerce and Industry
このグラフからは、GST導入前(Earlier)と導入後(Now)では税率が28%と高い商品の数が大幅に減少しており、税率が18%と低い商品が相対的に多くなっていることが読み取れます。
これはつまり、日々の生活における低所得者層の支出負担が軽減されることで、一般家庭の経済的な余裕が増えることを意味します。
また、ビジネスにおいても商品の価格競争力が向上し、消費者にとって魅力的な価格設定が可能になりました。全体として、GSTの導入は、インド市場における消費の促進と経済活動の活性化に寄与していると言えます。
『デジタルインド運動』
2015年に開始した「デジタルインド運動」は、インドをデジタル社会へと導くためのモディ首相の大きな計画です。この計画は、インド中のインターネットを高速化し、市民が政府のサービスをオンラインでスムーズに利用できるようにするために始められました。
・Aadhaar(アーダール)の導入
特に、2009年に導入されたインド版マイナンバー制度である「Aadhaar(アーダール)」は世界最大の個人ID生体認証システム(顔写真・指紋・目の虹彩による認証)で、2021年10月末の時点での登録者数は約13億2千万人にのぼっています。
(*5)Aadhaarが適用される領域
現時点でAadhaar番号の保持は義務づけられていませんが、以下のような手続きでは原則表示が求められます。
(*6)Aadhaarの表示が要求される手続き
・UPIデジタル決済の普及
また、インド政府とRBI(インド準備銀行)が推し進めているUPI(Unified Payment Interface)というデジタル決済統合インターフェースも、プラットフォームを介したシームレスな資金移動や安全なPeer to Peer取引の促進という点でデジタルインド運動に貢献しています。
(*7)UPIを通じた取引の流れ
インド国内ではキャッシュレスな決済方法として非常に支持されており、2023年2月時点では、月間80億件以上の取引が記録されました。
さらに、現在ではRBIが硬貨や紙幣に変わる通貨としてデジタル・ルピーの開発と検証を進めており、ブロックチェーン技術を含むさまざまなデジタル技術が活用されていくことでしょう。
決済のプロセスをスムーズにするUPIプラットフォーム、物体としての制限が無いにも関わらず通貨としての価値を担保するデジタル・ルピー、今後のインドは消費者、企業、そして政府間の取引において、より透明性が高く、迅速で安全な決済手段が提供されることが期待できます。
『国際外交の強化』
ナレンドラ・モディ首相の在任中、インドの国際外交は積極的かつ戦略的な方向に大きく変化しました。インドの国際的な影響力を高め、経済成長を支える多国間の関係を確立することを目的とした以下の政策は、現代のグローバル社会を生き抜く外交として非常に高く評価されています。
・主要国とのパートナーシップ強化
インドの主要国とのパートナーシップ協定、特にアメリカやロシアとの関係は、経済、防衛、技術、エネルギーなど多岐にわたる分野で深化しています。
アメリカとのパートナーシップは、防衛技術の共同開発やテロ対策、地域安全保障の強化に重点を置いており、ロシアとは長年にわたる防衛関係を基盤に、エネルギー資源の確保や経済協力を拡大してきました。
(*8)アメリカとの貿易
米国商務相および国税調査局が出したインドとアメリカの2国間貿易に関するデータからは、2018年-2022年にかけての年別の商品およびサービスの貿易総額が明らかに増加していることが分かります。
この資料ではサービス分野の取引しか取り扱われていませんが、DTTI(防衛技術と貿易イニシアティブ)や戦略的エネルギーパートナーシップなど幅広い分野で両国間の経済的結びつきを強化する協定を結んでいます。
(*9)ロシアとの石油貿易
また、ロシアに関しては特に伝統的な防衛関係を基にした、エネルギーや経済面での協力を推し進めており、上の円グラフではインドの原油輸入の出所国割合が両国間で大幅に増加していることが読み取れます。
これらの関係は、インドの国際的な地位の向上、経済成長の促進、国際市場へのアクセス拡大に寄与し、国内の産業発展と雇用創出にも影響を与えています。
・グローバルな課題への対応
2023年の9月に行われたG20サミットで議長国を務めたインドは、気候変動対策、テロリズムの根絶、債務危機の解決などの国際社会が直面する様々な問題に対して、すべての議題で共同声明を出させる程のリーダーシップを発揮しました。
(*10)インドで開催されたG20サミット
特に、習近平・中国国家主席とプーチン・ロシア大統領という2大巨頭を欠いたG20サミットにおいて外交の中心となったモディ首相は、首脳宣言の文言で○○を「歓迎する」、「支援する」、「認識する」といった表現を巧みに使い分け、全ての加盟国の同意を得ることを可能にしました。 (*11)
ウクライナ侵攻による食糧危機やアフリカ諸国の債務問題など、非常に合意形成が困難だった2023年のG20サミットで共同声明を実現したインドは、まさに外交的な調整能力という点で他国を協力的な関係に誘導する力を持っているのかもしれません。
4.今後のインドは如何に!
これまでモディ政権は、社会的弱者への支援を強化し、女性や貧困層への具体的な福祉施策を展開してきました。これにより、国内の生活水準が改善し、女性の社会参加が促進されています。
そして、今後のインド経済の状況を見るに、政治経済学者アルヴィンド・パナガリア氏は、モディ首相が2024年の選挙でインド首相に再選される可能性は高く、その政権下でインドが今後、世界の主要経済国の一角を占めるであろうと言及しています。
特に、後述する政権下で実施された「スワッチ・バラット計画」や「ジャン・ダン・ヨジャナ」などの政策は、インド国民全体の支援の仰ぐ結果になっており、現在進行中のモディ政権による政策が着実な成功を収めて行けば、今世紀中に世界第2位の経済大国になることが予想されています。
(*12)Goldman Sachsによる経済動向
国内だけではなく外交面でも優れた政策を打ち出しているインドは、後述する「アクト・イースト・ポリシー」や「ネイバーフッド・ファースト・ポリシー」を通じて地域の安定とインドの国際的地位の強化を推し進めていくことでしょう。
現時点での野党の分裂や指導力の不足を考慮すると、モディ首相に対抗する明確な代替案は存在しないとされています。
これらの要素を考慮すると、モディ首相のリーダーシップの下で未完の政策を推進する必要があるため、2024年の再選挙においても、現在約80%の支持率を持つモディ首相の再選が有力視されています。 (*13)
・スワッチ・バラット計画
スワッチ・バラット計画はインド全土の清潔さと衛生を向上させることを目的としており、特に公共の場や家庭での開放排泄(公共の場での排泄行為)の撲滅、衛生的なトイレの普及、廃棄物管理の改善などに重点を置いています。
・ジャン・ダン・ヨジャナ計画
ジャン・ダン・ヨジャナ計画は、銀行口座、信用サービス、保険、年金などを含む金融サービスへの普遍的なアクセスを提供することを目的としています。特に、貧困層や社会的に不利な立場にある人々に焦点を当てており、これらの人々が銀行システムと金融サービスにアクセスできるようにすることで、経済的包摂を促進してきました。
・アクト・イースト・ポリシー
アクア・イースト・ポリシーは、東南アジア諸国との経済的および戦略的関係を強化することを目的としています。これには、貿易、文化交流、安全保障の協力などが含まれていて、インドは東南アジア地域での影響力を高め、経済成長と地域の安定を確立しようと試みています。
・ネイバーフッド・ファースト・ポリシー
ネイバーフッド・ファースト・ポリシーでは、南アジアの近隣諸国との関係を強化し、地域協力を促進することを目的としています。具体的には、バングラデッシュとの国境正常化や日本との技術的相互支援など進めてきました。
5.まとめ
本記事における主な内容は、ナレンドラ・モディ首相の経歴や業績、インド政府が行っている様々な政策、将来的にインドが世界の経済や社会に与えるインパクト、といった3つの構成で進めてきました。
あくまで、筆者としてはモディ首相に関する情報を個人の忖度なしで詳細にまとめているだけで、彼の功績を片面的に支持しているわけではありません。
当然、政治手法や特定の思想に対する国内外からの批判も存在しており、彼の政策の全体像を評価する際には、これらの異なる視点も考慮する必要があります。
しかし、インドの急成長は、モディ首相の明確なビジョンと実行された政策の成果が大きく影響していることは疑いようがありません。そのため、彼のリーダーシップは今後もインドの発展にとってますます重要な役割を担っていくことでしょう。
※本記事の参考サイト一覧
(*1)Personal Life Story | Prime Minister of India (pmindia.gov.in)
(*2)Narendra Modi | Biography & Facts | Britannica
(*3) Microsoft Word – WP 450 – Pratap Singh_2 (isec.ac.in)
(*4) Impact-of-GST-on-Economy-and-Businesses.pdf (phdcci.in)
(*5) India’s Aadhaar System: Bringing E-Government to Life (chandlerinstitute.org)
(*6) Vol. 29 : Aadhaar(アーダール)制度および非対面型税務調査にかかる最新法令 – GJC INDIA (g-japan.in)
(*7)Vol.47 : “デジタル・ルピー”の未来を探る! インドが歩む仮想通貨の革命 – GJC INDIA (g-japan.in)
(*8)Bilateral_Brief_as_on_09.10.2023.pdf (mea.gov.in)
(*9) india and russia oil trade pdf – Google 検索
(*10) G20 Summit concludes with ‘basic unity amid rising divergences’ – Global Times
(*11) インドによるインドのためのG20 | 公益社団法人 日本経済研究センター (jcer.or.jp)
(*12) How India could rise to the world’s second-biggest economy (goldmansachs.com)
(*13) Modi government will repeat its 2019 Performance in 2024 – Arvind Panagariya (indiatimes.com)