インドのスパイス文化~古代から現代まで香辛料の魅力~

by 橋口悠雅

1.はじめに


インドと言えば、スパイスの効いたカレーというイメージを持っている方は多いのではないでしょうか。実際にインドで生活していたら、やはり比較的香りの強いカレーを食べる機会が多いです。

現地のレストランで食事をする際は、料理中の香りで咳が止まらないこともあります。一定以上の清潔が保たれているレストランでは、そのような強烈な香り放っている場合は少ないでしょう。

とはいえ、インドのスパイス文化は今もなお、単なる調味料以上の意味を持ち、その多様性や健康効果が世界中で評価されています。

今回の記事では、古代から続くインドのスパイスの歴史に迫り、その魅力に触れながら、現代におけるスパイスの広がりを読み解いていきましょう。

この記事を読み終えた後、皆さんはインド風スパイスの刺激を求める口になっているはずなので、近くのインド料理屋を予め検索しておくことをお勧めします。

 

2.インドのスパイスとは


では早速インドにおけるスパイスの歴史や文化について把握していきましょう。以下では、1)スパイスの役割、2)インドマサラ貿易という2つのポイントに分けて、これまでのインド史を振り返っていきます。

※ マサラ(Masala) : 様々なスパイスを混ぜ合わせた香り豊かな調味料の総称

 

スパイスの役割

インド料理は、その独特な色彩、香り、そして味で世界的に高く評価されています。この理由の一つは、インドが自然に恵まれたスパイスの豊かな産地であることにあります。インドの肥沃な土地と多様な気候は、様々なスパイスを栽培するのに最適な環境であるという訳です。

古代の医師たちは、これらのスパイスを様々な健康問題の治療に利用していました。例えば、ウコンはその抗菌特性や皮膚の問題に対する効果で知られています。

さらに、スパイスは食品の保存方法としても用いられており、冷蔵技術がなかった古代において、スパイスを使って食品を長持ちさせることは一般的でした。

このようにして、インドのスパイスは料理の風味を高めるだけでなく、健康と保存技術にも大きく貢献してきたのです。

 

インドマサラ貿易

何世紀にもわたって、インドは金、絹、スパイスなどの豪華な商品で知られていました。古代のギリシャやローマはもちろんのこと、アラブ、エジプト、メソポタミアといった文明も、インドとの貿易を通じてこれらの貴重な商品を手に入れていた時代があります。

ヨーロッパの大航海時代も目的は、インドへの新しい航路を探求することです。この時代はおおよそ15世紀後半から17世紀にかけて続き、ヨーロッパの国々が新しい航海技術と船舶を使って、世界中に新しい海路を開拓して行きました。

その後、イギリスやオランダの産業化が進み、これらの国々はアジアとの貿易において東インド会社という貿易会社に事業を独占させます。

また、古代の時代には、アラブや他の国々が経済的利益を得るためスパイスの起源を秘密にしようと試み、スパイスの入手が非常に困難であるという噂を広めたという話もあります。

まさに、インドのスパイスは古代から現代に至るまで、文明間の交易と文化交流の中心にあり、政治的な野心や経済的な利益のために多くの国々が必要としてきた歴史ではないでしょうか。 (*1)

 

3.スパイスの利用方法


インドにおけるスパイスの利用方法は非常に多様であり、数千年にわたる伝統の中で独自の進化を遂げてきました。以下では、筆者が考える主なスパイスの利用方法3つを解説していきます。

1)スパイスを用いた医療

インドのスパイスは、古代から現代に至るまで医療において重要な役割を果たしています。特にアーユルヴェーダ療法では、スパイスが健康とウェルビーイングを促進するための重要な要素として利用されてきました。

アーユルヴェーダ療法は古代インド発祥の医学システムであり、紀元前5000年以上前にその起源を持ちます。この医学は、ヴェーダ(Veda)と呼ばれる古代インドの聖典に根ざしており、身体、心、精神のバランスを取り戻すための方法を提供しているとされています。

(*2)アーユルヴェーダ療法

アーユルヴェーダ療法の基本原則は、身体、心、精神が密接に関連しており、バランスが取れているときに健康を維持できるという考え方に基づいています。主要な4つの主要概念は以下の通りです。

 

1-1.ドーシャ(体質)

アーユルヴェーダ療法の中心的な概念の一つであるドーシャは、体内の生理的および心理的な特性を調整するための3つの主要なエネルギー、ヴァータ、ピッタ、カパを指します。ヴァータは動きと変化を、ピッタは代謝や消化を、カパは身体の構造や液体のバランスを司る概念です。

これらのドーシャは個々人の健康や性格を形作る要素であり、そのバランスの乱れが病気の原因になると言われてきました。アーユルヴェーダ療法では、個々のドーシャの特性を理解し、バランスを保つことが健康維持の鍵とされています。

 

1-2.プラクリティ(生まれつきの体質)

プラクリティは、個人が生まれ持った固有の体質を指しており、生来変わらない体質であると言われています。この体質は、様々なドーシャの組み合わせによって基盤が作られているらしく、私たち人間はプラクリティを把握し、治療法を見極めることで、健康を最大限に保つことが可能になります。

 

1-3.アーハーラ(食事)

アーハーラは、アーユルヴェーダ療法における食事の概念です。健康を維持するためには、適切な食事が不可欠であるとされており、個々のドーシャやプラクリティに合った食事を摂ることが推奨されます。

食べ物は単に身体を栄養するだけでなく、心と精神にも影響を及ぼすと考えられており、食事が全体的な健康とバランスの重要な要素だそうです。

 

1-4.ヴィハーラ(生活習慣)

ヴィハーラは、日常生活の中での行動や習慣を意味しており、アーユルヴェーダ療法では、健康的な生活習慣が全体的なウェルビーイングに不可欠であると考えられてきました。

適切な運動、良質な睡眠、効果的なストレス管理などが、身体的および精神的健康の維持に重要で、日々の生活習慣を見直すことにより、アーユルヴェーダ療法が理想とする健康状態に近づくことが出来ます。

(*3)アーユルヴェーダ療法の効果

アーユルヴェーダ療法の治療は、ハーブ療法、オイルを用いたマッサージ、ヨガと瞑想、食事療法など、個別の健康状態に合わせた治療法の違いで多岐に渡ります。

これらの方法は、身体的な不調や疾患の予防や治療に役立ち、特にストレスの軽減や心の健康の促進に効果的です。

上の資料は、『Herbal Medicine』というジャーナルに掲載されている研究で、新型コロナウイルス(COVID-19)に感染した中程度の症状を持つ2型糖尿病患者に対し、標準治療に加えてアーユルヴェーダ治療を行った研究の結果です。

アーユルヴェーダ治療が加わったグループと、標準治療のみを受けたグループで、特定の生物学的マーカー(インターロイキン-6、C反応性タンパク質、絶対単球数、絶対好中球数)が、治療開始から0日、7日、15日の時点でどのように変化したかを調査したこの研究では、アーユルヴェーダを加えたグループの方が、咳、疲労、喉の痛みが改善し、特定の炎症指標(インターロイキン-6など)が早く減少するということが分かりました。

もちろんこの研究だけで、アーユルヴェーダの医学的効果を決定づけることは出来ませんが、この古代から伝わる医療法が、ハーブ療法、ストレス管理、身体活動など総合的な健康ケアを提供し、今後も健康志向の人々にとって貴重なリソースとなっていくことは確かだと思われます。 (*4)

 

2)スパイスによる食品保存

食品保存のためにスパイスを利用する方法は、古来より伝わる伝統的な手法です。スパイスには自然な抗菌性と抗酸化性があり、これにより食品の酸化を抑制し、微生物の増殖を防ぐことができます。

このような特性により、スパイスは食品の保存期間を延長する役割を果たし、インドのスパイスは国際的にも広く利用されてきました。

また、スパイスは風味や香りを食品に加え、栄養価を高めるビタミンやミネラルが豊富に含まれているので、健康的な食品を摂取したいと考える人々には最適な保存手段です。

(※筆者が独自に作成)

スパイスを効果的に使用するためには、その適切な量と種類の選択が重要で、比較的に湿気や熱、光に敏感なことが多いため、適切な保存方法が求められます。

(*5)スパイスに関する食品保存の研究

上の資料は、各スパイスが添加された食品サンプルが腐敗するまでの時間、同じ条件の食品サンプルの細菌数、という2つの研究に関して調査した結果です。

1つ目のグラフでは、スパイスの種類によって食品の腐敗までの日数が異なることを表しており、スパイスを全く使用していないコントロールサンプルとミックススパイスを使用したサンプルは2日で腐敗しました。

しかし、ジンジャーを使用したサンプルの保存期間は、その2倍である4日間も食品の腐敗を防いでいます。

さらに、表における細菌の数でもコントロールサンプルが102個の細菌、ミックススパイスが80個なのに対し、ジンジャーを添加したサンプルでは、48個の細菌しか検出されませんでした。

他のスパイスも程度の差はありますが、それぞれが食品の保存に一定の効果を持っていることが証明されています。

これらの点から、スパイスが持つ抗菌性と抗酸化性は、食品の保存期間を延ばすだけでなく、食品の品質を高める重要な役割を果たしていることが明らかになったと言えます。 (*6)

 

3)料理の風味を高めるスパイス

スパイスは料理の風味を高めるために欠かせない要素であり、世界中の様々な料理で使われています。特にインド料理では、スパイスの使い方が非常に独特であり、料理の特徴を大きく左右すると言っても過言ではありません。

植物の根、種、茎、果実など様々な部位から作られるスパイスは、カレーやスープ、焼肉などの様々な料理に合わせて使用することができ、インドにおいては特に以下のようなスパイスが有名です。(*7)

 

3-1.クミン

インド料理におけるスパイスの中心的存在で、温かくナッツのような風味が特徴です。カレーやチリパウダー、バーベキュースパイスブレンドなどに用いられ、中東、アジア、地中海料理にも頻繁に使用されます。消化を助ける効果があるスパイスとしても有名です。

(※筆者が独自に作成)

 

3-2.ターメリック

ターメリックは、その鮮やかな黄色が特徴のスパイスで、インドのカレーには欠かせません。抗炎症作用があるとされ、健康効果も注目されています。また、サフランと同様に、色づけと香り付けに使われ、料理に温かみと地味な風味を加えます。ターメリックの和名は2日酔いに効くという効果で有名な「ウコン」です。

(※筆者が独自に作成)

 

3-3.ガラムマサラ

ガラムマサラは、コリアンダー、クミン、カルダモン、シナモン、ジンジャーなどのスパイスをブレンドして作られ、深い香りと豊かな風味を料理に加えます。カレーだけでなく、スープや煮込み料理、炒め物にも用いられ、料理の仕上げに加えることが一般的です。

(※筆者が独自に作成)

 

3-4.カルダモン

エキゾチックで強い香りが特徴のカルダモンは、インド料理において古くから使用されてきました。香煙としても用いられ、料理に甘くスパイシーな風味を加えます。グアテマラなどからの輸入も多く、チャイやデザートにもよく使われます。

(※筆者が独自に作成)

 

3-5.ジンジャー

甘くて辛い風味が特徴のジンジャーは、インド料理においても重要な役割を果たします。新鮮なジンジャーは、炒め物やカレーに使われ、乾燥ジンジャーはスパイスクッキーやジンジャーティーに使用されます。消化を助ける効果もあり、アジア料理全般に幅広く使われています。

(※筆者が独自に作成)

 

4.将来的なスパイス市場の動向

ここまでに、スパイスの様々な利用方法、インドで特に取れるスパイスの種類を見てきたと思います。では、今後世界人口がますます増加しスパイスの需要が増していく中、世界のスパイス市場はどのように変化していくのでしょうか。

アメリカ、ニューヨーク州のKD Market Insightsというコンサルティング・市場調査の会社が出した報告書によると、世界のスパイス市場は2022年に約225億ドルの市場規模、2030年には約387億ドルのマーケットへと成長することが予測されました。(*8)

(※9)世界のスパイス市場

この市場の拡大は、食品・飲料業界の発展、健康意識の高まり、各国政府の支援が主な要因であると考えられます。

パケット形式のスパイスが主流となっており、便利さと品質の維持が消費者に受け入れられています。インド・スパイス委員会によると、インドは世界のスパイス貿易において約46%の市場シェアを持っているらしく、特に独特な気候と伝統的な栽培技術が残っている南インド(アンドラプラデシュ州やカルナタカ州)で成長しているとのことです。

この市場は年々、若年層の健康需要や経済成長による食の多様性で新規企業による競争が激しくなっています。多くの企業が製品開発やマーケティング戦略によってさらなる成長を目指しており、サプライチェーンの最適化や流通システムの強化、新地域への進出などが進められているので、これらの動向から世界のスパイス市場は今後も成長し続けると考えられます。​(*10)

 

5.まとめ

この記事では、インドの豊かなスパイス文化を探求し、古代から現代に至るまでスパイスがインド社会においてどのような役割を果たしているのか深掘って解説してきました。

紀元前という遥か昔から、スパイスの使用は単に料理の風味を高めるためだけでなく、医療、食品保存、さらには文化や経済においても重要な位置を占めています。

実は、筆者も先日バンガロールにあるアーユルヴェーダ診療所にて人生初めてのアーユルヴェーダを体験してきました。全身にオイルを塗り、1時間半をかけてゆっくりマッサージしてもらったのですが、診療後は一日中穏やかな気持ちで過ごせた気がします。

また、日々食べている食事もスパイスの効いたものが多く、徐々にインド料理の良さに気づいてきた自分がいます。

読者の皆さんもスパイスの持つ魅力と多様性を理解することで、インド料理や文化への関心がさらに高まるかもしれません。

 

※本記事の参考サイト一覧

(*1) History of Indian Spices : Journey Of Spices From Home Ground To Packaged – Zoff Foods

(*2) Recharge Yourself with IRCTC Tourism’s Exclusive Range of ‘Healing and Wellness’ Packages

(*3) A Prospective, Controlled, Pilot Study of Personalised Add-on Ayurveda Treatment in High-Risk Type II Diabetes COVID-19 Patients – ScienceDirect

(*4) アーユルヴェーダとは?|インドの古代医学の秘密 (international-therapy.com)

(*5)effect-of-selected-spices-on-food-spoilage-rate.pdf (walshmedicalmedia.com)

(*6) Herbs and Spices’ Antimicrobial Properties and Possible Use in the Food Sector | IntechOpen

(*7)How To Cook With Spices – Unlock Food

(*8) スパイス市場は2032年までに約387億ドルに達すると予測 – KD Market Insightsの調査による|PressWalker

(*9)Seasoning And Spices Market Size & Share Report, 2030 (grandviewresearch.com)

(*10) APAC調味料・スパイス市場規模・シェア分析 -産業調査レポート -成長トレンド (mordorintelligence.com)

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