チェンナイに行って、することある?
日本で「チェンナイに住んでる」と言っても、認識してもらえないことが多いです。「マドラス」という旧名の方が有名でしょう。ただマドラスを知っていたとしても、ここを目的地として海外旅行先に選ぶ方は日本では少ないですよね。
実際確かにタージマハルのような派手な観光スポットもなく、おすすめする側としては、「めっちゃ見どころ満載で楽しいからきてください!」とも大声では言いにくいのですが、今まで旅した人の評判はとてもよいです。
南インドは北インドとは全く違う文化があるし、人も気候も穏やかです。
なんといっても、チェンナイにはまだ、日本人が思い描いている「インド」が残っています。
よくもわるくも、開発され終わっていない、伝統的なインド文化が楽しめます。
さて、そんなチェンナイ、日帰り旅行先もいろいろ有名どころがあるのですが、今回はチェンナイの街中で簡単に楽しめるスポットをいくつか紹介します。
自分としてはチェンナイの見どころは紹介しきれないほどあるので、今回は文化を深める歴史探索系としました。
今回の記事では、チェンナイの観光地を以下のラインナップでご紹介します!
- 王道のヒンドゥー教寺院・カーパーレーシュワラ寺院 Kapaleeswarar Temple
- 歴史を感じる Fort Museum (要塞博物館)とGeorge Town (ジョージタウン)
- サントメ大聖堂~インドにおけるキリスト教を考える~
- ダクシナチトラ DakshinaChitra~チェンナイ版江戸たてもの園~
- 州立博物館~意外と知らないインド美術~
旅行にいったときの参考にしていただければ幸いです。
王道のヒンドゥー教寺院・カーパーレーシュワラ寺院 Kapaleeswarar Temple
チェンナイ市内を走っていると、至る所に台形のカラフルな建物を見かけます。ゴープラム(塔門)といいます。
近代的なビルの隣に現れたりします。扉がありますね。
ゴープラム(塔門)はヒンドゥー教寺院の入り口です。
大きいものだと、この入り口自体が相当な迫力で、ヒンドゥー教の神話に由来するさまざまなテーマを基にしたレリーフが精巧に彫られています。
私がチェンナイに来て最初に行ったヒンドゥー教寺院は、カーパーレーシュワラ寺院です。
ここはシヴァ神を祀っている寺院で、チェンナイで一番敷地が広く有名だから行ってみるとよいとインド人にも勧められました。
ここは神聖な寺院ではありますが、観光地化しており、周囲には客引きのリキシャやガイド、物売りが多くいます。
外国人も多く見かけ、若者は寺院内で自撮りをして盛り上がっています。
なお、ヒンドゥー教寺院には靴を脱いで裸足で入るのが原則です。
しかし出てきた西洋人観光客は靴下を履いていました。見慣れない光景ですが、観光地だから許されているのかもしれないですね。
寺院の入り口に靴置き場があるので、そこになるべく目立たないように置きます。
「ここに置いておくと、盗まれる可能性がある。きれいで良さそうな靴だから、あっちにあるカウンターに預けてきてあげる」と言って、かなり法外な金額を要求されたりするらしいです。
実際預けられるカウンターもあるのですが、自分で直接行った方が確実だ思います。 |
入り口を入ると、正面にお参りするお堂があり、ヒンドゥー教徒が列をなしています。
お参りセット(葉っぱとお花)や5cm ほどの小皿に入った蝋燭を手に持っている人が多いです。
ちょうどお坊さんが祭事をする時間だったようで、奥で火を焚いていました。
火を一部こちらに持ってくると、皆ありがたそうに、その煙を身体にかけています。
日本でいう常香路のようなものでしょうか。
お参りセットを貰い受けたい人や、小皿の蝋燭に火を受けたい人が次々と手を伸ばし、お坊さんが矢継ぎ早に対応していました。
お坊さんの姿が見えると、離れたところにいる人たちも、手を合わせて上に高く上げるような動作をしたり、床に座り込むようにして祈ったりしていました。
このお堂の内部は写真禁止です。撮ろうとすると注意されます。
チェンナイの1年通しての気候は、hot, hotter, hottest と言われています。よって、地面はすごく熱いです。
天候に恵まれた日には床が太陽熱で熱板のように熱くなり裸足では数メートルと耐えられないです。でも裸足になれと言われます。
最初感動したのですが、床の一部に道のような白い部分があって、ここだけあまり熱くないんです。
観光客用という感じでもなく、インド人もこの白い道を歩いていました。やはり彼らでも熱いのでしょう。足の裏の皮が厚い人ばかりではないようです。
ちなみに、ヒンドゥー教寺院はお昼から夕方まで閉まるので、午前に参拝する人が多いです。なので、11時くらいに行くとすごく混みます。
日陰で気持ちよく休めるスペースもあり、家族や親戚との団欒の場所にもなっています。
ちなみにこのお寺には何度か行っているんですが、かならず声をかけられて、家族の記念撮影に呼ばれます。南インドではまだ日本人は珍しいようです。また、日本人は全般的に良い印象をもたれているようでした。あと昨今は韓国K-POPの人気が凄まじく(インドは同じダンスカルチャーがあるからだと思っています)、韓国人だと思われて声をかけられることが多いです。
メインのお堂の裏には、床にうつ伏せになりお参りしている人たちがいました。
ところで入り口のゴープラムですが、南インドのヒンドゥー寺院では時代が経つにつれ敷地内のメインのお堂が小規模になり、それに反比例するかのごとく、ゴープラムが巨大化したそうです。
南インドのマドゥライという都市ではこのゴープラムが大量発生しています。この雰囲気が気に入ったら次の旅先にぜひ加えてみてください。
Kapaleeswarar Temple
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歴史を感じる Fort Museum (要塞博物館)とGeorge Town (ジョージタウン)
休日なら、午前中に博物館に入って、ジョージタウンで昼を食べながら散策するのが良いと思います。
イギリスの植民地時代、チェンナイ港に出入りする商船相手にインド人商人たちが町を作りました。それがチェンナイ北部にある「ジョージタウン」です。1911年に当時のイギリス国王ジョージ5世が訪れたことからこの名前がつけられたそうです。
この一帯は政府関係の施設が多いため、入場する際に名前、現住所、パスポート番号を記入します。
どこから来たのか聞かれ、荷物チェックもありますが、そこまで厳しくは見ていないです。無駄に怪しい動きをしなければまず入れます。
このセキュリティーを抜けると、インドの喧騒から逃れて、異国の景色が拡がります。
セント・ジョージ砦はイギリスが南インドの植民地支配を始めた際に基地となった場所です。
1639年、東インド会社がジョージタウンの南に商館を建て、そこを守る城塞の建築が始まりました。
18世紀半ばにフランス軍との戦闘があり、その時に使われた大砲などが残っています。
ここを訪れる際は、イギリス東インド会社のインド進出について歴史を復習してから行くと、とても興味深く鑑賞できると思います。
Fort Museum (要塞博物館)には、軍服や刀や銃など植民地時代の武器の展示、イギリスの王族や現地の支配者層の肖像画が飾られており、見どころ満点です。
肖像画の部屋には、イギリス統治時代の歴代王、提督、ビクトリア女王やジョージ5世の肖像画も飾られていた。
この博物館には冷房がないです。暑さに自信がない方は倒れないように気をつけてください。
でも窓が大きく、天井には大量のファンが回っているので、心地よい風が入ってきて私には気持ちがよかったです。
私が訪れた際3階は閉鎖中で行けませんでしたが、ここは英仏の戦争の展示になっており、有名な旗などが飾られているとのことです。
暑さに耐えられるようであれば、この敷地内を少し歩いて、インド初の英国国教会であるSt.Mary’s Church セントメアリーズ教会を見に行きましょう。
ちなみにこの教会では、のちのプラッシーの戦いで活躍したイギリス将校ロバート・クライブや、イギリス東インド会社総督エリフ・イエール(イエール大学の創始者)が結婚式を挙げています。
ジョージタウン。この界隈にはレストランが軒を連ねています。写真左手前のビリヤニレストランは老舗で人気です。
1957年創設の老舗とのこと。由緒あるビリヤニを提供しているとウェイターさんが説明してくれました。価格はかなり高めですが、恰幅のよいインド人家族が続々と入ってきます。富裕層に人気のお店なんだと思います。
ビリヤニはマトンがやわらかく塩気もちょうどよく、脂っこくなくて美味しいです。
ちゃんとしたレストラン以外にも、ローカル食堂や屋台などあるので試してみるのも良いと思います。
食事のあとは、ジョージタウンを散策します。
犬や鶏もたくさん見かけます。
ここに入ると東京の満員電車のような密度で、すれ違う人と肌が擦れ合うように歩くことになります。立ち止まって動画を撮っていると、邪魔だと怒られます。
花売りは怒声のような大声を出しながら、客と言い合いをしています。喧嘩しているわけではなくて値段交渉をしているみたいです。
日本でいう花屋だと、茎がついた状態で花瓶に生けられるように売っているのが普通ですが、インドでの花売りは茎をぎりぎりで切り離してほぼ花弁だけにして売っています。
インドのドライバーさんに聞いたところ、神様への供物に使うことが多いらしいです。
ここではインドの活気を直接肌で感じられます。きっとチェンナイ開港時から、この活気と商いで生活を営んできたのでしょう。こういった場所も、10年後にはなくなっているかもしれません。
ちなみにこの賑わいの一角に、赤れんがの重厚なイスラム風建築があります。マドラス高等裁判所です。道路を挟んで向かい側の喧騒とは対照的で、異世界感がありますね。
Fort Museum (要塞博物館)とGeorge Town
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サントメ大聖堂~インドにおけるキリスト教を考える~
白い大きなゴシック様式の大聖堂。教会の敷地に入ると駐車場スペースがあり、大聖堂の周囲は広々としています。
車から降りるとムワッとした湿気と潮風の匂いが感じられ、海が近いことを全身で感じられます。
聖トマスは1世紀に南インドで布教を行い、この地で殉教死したと伝えられる聖人のひとり。
大航海時代の 1557年、インドに進出したポルトガルによってこの大聖堂が建てられ、その頃からここはキリスト教の聖地とみられるようになったそうです。なのでポルトガル語で São Tomé サントメ (=聖トマス) と呼ばれています。 ちなみに初インド上陸時、交易を通して南インドにすでにキリスト教徒がいたのは確認されていますが、実際に聖トマスが布教を行ったかはわかっていないらしいです。 |
チェンナイでは、教会に入るときも靴を脱ぐのが一般的なようです。
宗教画、祭壇に飾ってある花束や、キリスト像の色合いがインドっぽいです。
インドにおけるカトリック教会の宣教は、1533 年よりゴアを拠点として展開されていきます。
1543 年にフランシスコ・ザビエルがゴアを訪れ、ザビエルは精力的に地方に赴いて宣教活動を行いました。
そのため南インド、特に沿岸部にはキリスト教徒が多いそうです。 |
インドにおけるキリスト教について、とてもわかりやすく解説してくれているブログがありますので、詳しく知りたい方はぜひ。
サントメ大聖堂
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ちなみに聖トマスが実際に亡くなった場所は、聖トーマスの丘 St. Thomas Mountという場所です。
こちらも景色がよく気持ちのいい所なので、時間の余裕があったら訪れてみるとよいです。
伝説では、この地に至った聖トマスはインドの女神への崇拝をこばみ、バラモンの逆鱗にふれて槍で刺されて亡くなったと言われています。
聖トマスは最初キリストの復活を信じることができず、キリストの傷を指を入れて確かめたという逸話があります。
その場面を描いた絵『聖トマスの不信』が飾ってあるのです。
本物はドイツのポツダムにあるサンスーシ宮殿の絵画館に所蔵されています。
手前の入れものには水が張られて蓮の花が浮いていることはずでしたが、空でした。
ヒンドゥー教寺院を訪れたときには家族連れを多く、歩くのも大変な高齢者もたくさん見かけたましたが、キリスト教会を訪れる教徒は若い印象があり、あまり大勢の家族も見かけなかったです。
ゴシック様式の教会は目立つので目に付きますが、海沿いの漁師街には十字架がくっついているだけの小屋があったり、シンプルなプロテスタントの教会も多いです。
インド人口のうちヒンドゥー教徒が約80%、キリスト教徒は2.3%だそうです。
クリスマスの聖歌を歌っていただけで、神父や神学生ら32人が警察に拘束されたという報道もありました。 インドではイスラム教徒に対する長い領土争いや宗教紛争が目立ちますが、キリスト教徒も同じように迫害にあっているのです。 インドにおけるキリスト教徒は、旧低カースト層が差別から逃れるために改宗した人も多いと言われています。 カトリックもプロテスタントも、ヨーロッパから来た宣教師は当初トップダウン形式で宣教活動を試みたそうですが、バラモンはじめ上位カーストの耳には響かなかったそうです。 |
現在、インドの全キリスト教徒の約 60%が出自を不可触民に辿るという統計もあります。彼らは教会で配られる食事にありつくことを目的とした「ライス・クリスチャン」と蔑視されたりもするそうです。
驚いたことに、シリアン・クリスチャンはカースト集団とみなされ上位に位置づけられているといいます。階級による差別から逃れるために改宗した先でも、また階級が存在します。どこまでいってもこの根強いカースト文化からは抜け出せない。これがインドなのでしょう。
ダクシナチトラ DakshinaChitra~チェンナイ版江戸たてもの園へ~
敷地内でそこそこ歩くので、元気のある休日に来ましょう。近くにランチできるレストランがあるので、お昼を食べてから入るのもおすすめです。
こちらは南インド各地の古い家屋を移設し、公園と資料館を合わせた施設です。インドの伝統を学んでる気分に浸りながらゆっくりできる憩いの場として気に入っています。
ちなみにここのすぐそばには、有名なファミリーレストラン、ギータム Geetham Veg Restaurant(去年名前が変わりました、元はサンギータ Sangeetha)とマドゥライ・マナム Madurai manamがあります。どちらも南インド料理です。
さて、ダクシナチトラは大きな駐車場の奥に入り口があり、受付で入場料を支払います。入場料は 350ルピーです。
おつりがないことが多いので、細かい現金を用意した方がいいです。どこかまで取りに行くと言われて、相当待たされます。
入場すると緑豊かな公園が広がっています。敷地内は木陰になっていて日差しが避けられ、風が吹くと気持ちがいいです。湿気があるため、緑と土の香りがむわっと感じられるのも心地よいです。
ダクシナチトラは、タミルナードゥ州、アンドラプラデシュ州、カルナータカ州、ケララ州の、南インド4州の文化を集めて展示しています。
タミルナードゥ州のエリアで資料館になっているのは、ナトゥコッタイ・チェッティア(Nattukottai Chettiars)という商人コミュニティの先祖が住んでいた建物だそうです。
南インドの歴史についての展示があります。この地域の歴史は日本の教育であまり学ばなかった気がします。
チェンナイで使われている言語はタミル語で、冗談かと思うようなぐるぐるの文字を使っているのですが、昔はものすごくシンプルだったようです。なぜシンプルなものがこんなに複雑になったのか。興味深いです。
日本の長屋のような建築物は、タミルナードゥ州南部の農村、アンブール村から移築されたバラモン教の家だそうです。
その隣の大きな建物内は広々としていて、宗教画が飾ってあります。とくにキリスト教の祭壇画が並ぶ白壁の空間が眩しいです。
順路に沿って進んでいると、途中で学生さんたちが群がって騒いでいるところがありました。
覗いてみると、ろくろを回して器を作っていました。陶芸体験ができるようです。
彼女たちが作ったものは脇に干してありましたが、奥で小さい焼き物も売っています。
少し高くなっている丘の上には、白い動物の像と小さな祠があります。Map では Village Ayyanar Shrine と記載されています。アイヤナルは南インドとスリランカで特に崇められているヒンドゥー教の神だそうです。
次にケララ州へ。ケララ州はインドの左下にあり、古くから教育水準が高く治安の良い州として有名な地域です。
ヒンドゥー教徒の家屋が、ケララ州の南と北の代表として2つ置かれています。
南ケララ州の家屋は、ネール族の農家のものだそうです。主に木材(ジャックフルーツ材やパルミラ材)が建築材料として使われています。
もう1つのヒンドゥー教徒の2階建ての住宅はメノン家のもの。ケララ州の中部から北部にかけての、20世紀初頭の中流階級によく見られる様式だそうです。
このエリアの住宅は小部屋が多いのが特徴で、共同家族の中でも夫婦のプライバシーが保たれています。当時の典型的なヒンドゥー教家庭は、比較的小さな家でも3世代から4世代が同じ家に住む大家族だったそうです。
ここにはシリアン・クリスチャン・ハウスが展示されています。
以前には見られなかったリビングルーム、独立したダイニングルーム、キッチンが追加されており、コミュニティの西洋化と、家族で客をもてなすという社会的傾向の表れであると言われています。
敷地内のちょうど真ん中に広場があり、バザールが行われています。
観光地や街中に出ている露天よりクオリティーが高く、綺麗にならんでいて購買意欲がかき立てられる。
ここはアーティストがそれぞれ自分の作ったものを直接売れるシステムになっているようで、ちらっと覗くとすごい勢いで作品の紹介が始まり、止まりません。
いいお土産が欲しければ、ここで買うのがとてもおすすめです。クリエイターは目がギラギラしていて作品に熱意がこもっているし、何よりクオリティーがいいです。
まず大きな黄色い家が目に入ります。商人のムハマドさんがカルナータカ州チクマガルール地区に建てたものです。イスラム教建築の遺産を象徴しているそうです。
チクマガルールは 1700 年代後半にアラブの商人がコーヒーを持ち込んだという話もあり、コーヒーの名産地として知られる場所です。
黄色い建物はコロニアル様式と当時のイスラム教の壮大なマナーハウスを融合させて作った建物らしいです。
黄色い建物の隣には、石造りの建物が集落のように集まっています。こちらは織物職人の家屋だそうです。
タミルナードゥ州とケララ州の木造ベースの家屋とはだいぶ雰囲気が異なります。
そのまま歩くと右側にアンドラプラデシュ州のエリアがあります。白い壁にブルーの扉が映えるこちらは織物職人の家です。内部には布類が干してあり、当時の様子が再現されているのでしょう。
タミルナードゥとケララに比べると他2州は家屋数が少なく、力の入れ方に差を感じますね。
一番奥まで行くと美術館があります。赤煉瓦の新しめの建物です。
ちなみにこちらの美術館は Varija Gallery で、もう1つ、入り口入ってすぐ右側にも Kadambari Galleryという美術館があります。
どちらも企画展で月替わりで入る作品が変わるようで、なかなか面白いです。値段が書いてあって、買えるものもあります。
美術館の企画展ほか、イベントのスケジュールはホームページでも見られます。チェックしてイベントに合わせて来ると陶芸を経験できたり伝統舞踏が観られたりします。
ダクシナチトラは屋外でも過ごすことができて、なかなかリフレッシュできるところです。休日でもそこまで混み合っておらず、公園としても過ごしやすいので、外の空気を吸いたい方におすすめの場所です。
ダクシナチトラ DakshinaChitra
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州立博物館・意外と知らないインド美術
ここは広い敷地にいくつか博物館・美術館が並んでいる上野公園のようなところです。
全部見ているとかなり時間がかかるので、たっぷりと時間があって元気がある休日にきた方がいいです。
門を入ると正面右前方に受付の建物があります。この日は遠足生がいました。
国立美術館 (旧ヴィクトリア記念堂)
修理中なのか、私が行った時(2022年秋頃)は入れませんでしたが、外から観るだけでも素敵な建築です。
この国立美術館は以前はヴィクトリア記念堂と呼ばれ、イギリス統治時代 1909 年に造られた「インド・サラセン建築」だそうです。
イギリスはその時代、南インドの広大な寺院に否定的だったそうです。
一方で、インドのイスラム建築に関しては「サラセン風」と呼んで称賛したそうです。
なのでその時期には各地にイギリスのゴシック様式とイスラム様式が合体したような建築物が建てられています。アジメールのメイヨー・カレッジとか、アラーハーバードのミュア・カレッジとかですね。
現代美術館
一番端にある現代美術館はシンプルな建物です。
1階は主に歴史を紹介するゾーンとなっており、奥に企画展用の小部屋があります。
おそらく2階がメインなのですが、美術館といってもキャプションもほとんどなく、展示の仕方も雑で何の工夫もないです。
ただとにかく油絵等がごまんと飾ってはあるので、絵画好きならまずまず楽しめると思います。
あとからホームページを見ると、ここで見たものは普段は国立美術館にあるようで、一時的に移されたので扱いがそんなだったのかもしれません。
ここでは、インドを代表する油彩画家ラージャ・ラヴィ・ヴァルマ (1848-1906) の作品を観ることができます。
ヴァルマは西洋の油彩画方を用い、西洋「歴史」画の写実表現を踏まえてインドの神話場面や肖像画を制作しました。それがイギリス人から大絶賛され、彼の名声のおかげで、インド人芸術家の地位も向上したそうです。
しかしその後、民族主義が高揚すると、ヴァルマの作品を粗野で低俗と批判する人たちが出てきます。特にヴァルマの描いた女性の肖像画は、品位を汚すものとして酷評されたそうです。
もちろん、伝統的な作品も展示されていました。オリジナリティが、ありインドを感じられるので、こちらの方がすっと心に入ってくるかもしれません。
美術館を見た後、来た道をまっすぐ戻り恐竜の像を越えると図書館があります。
図書館
これは1896年に設立された公立図書館で、インドで出版されたすべての書籍、新聞、定期刊行物のコピーがある。国連寄託図書館でもあるらしい。
中には入らなかったが、図書館の前の空間は静かで緑豊かな庭園風で、木陰になっていて涼しいです。
複数人で地面で勉強している学生たちもいて気持ちよさそうでした。
公園
もう少し進み突き当たりの公園ではバザールが定期的に開かれており、商品がたくさん並び賑やかです。
ミッキーもどきの滑り台がシュールだったのが最も印象に残っています。
ちなみにチェンナイには Dizzee land(ディズィーランド)というテーマーパークがあり、休日は家族連れでごった返しています。
博物館 (本館)
こちら奥にある本館はひたすらに広いです。まず入ると、石像が時系列に並んでいます。時代ごとに顔つきや精密さが違うのがわかり大変興味深い。ですが、展示物が多すぎてだんだんありがたみが無くなってきます。
部屋がたくさんあり、回る順序も決まってないので、遺跡から採掘された古代の神話レリーフが展示された部屋や、仏教関係でストゥーパのレプリカなどが置いてある部屋、しかし急に恐竜の骨が展示してある大部屋があったりして、コンセプトがわからなず混乱します。
この博物館、とりあえず今までのインドの歴史で大事そうなものが雑多に並んでおります..私は最初のインド神話の石像だけで力尽きました。
州立博物館のホームページをみると、展示作品が
考古学|人類学|美術|貨幣学|植物学|動物学|地質学|こども博物館|化学保存学
に分かれて紹介されています。なので、「美術」と「こども博物館」のくくり以外は、上記全部を博物館本館が網羅しているのです。
そこそこ知識がないと飽きると思いますが、全部考えながら観てるとここだけで丸1日楽しめます。普通のインド観光に飽きた文化人の方はこちらがおすすめです。
Bronze Galleryブロンズ館
ブロンズ館は、この博物館群で唯一冷房が効いていて快適な建物です。
他の博物館と違ってちゃんと作品展示がガラス張りになっています。
ここには有名なナタラージャの像が置いてあります。ナタラージャは「舞踏家の王」の意で、要するにシヴァ神のことです。彼ら、呼び名がいっぱいあるのです。
ナタラージャの銅像は13世紀のチョーラ朝に創られ、南インドを代表する作品として知られています。炎の円環の中で片足で羅刹を踏み、片足を上げた姿はシヴァ神の想像と破壊の二面性が表現されているそうです。
こちらはパンディーヤ朝の寺院で見つかった、雰囲気の異なるナタラージャ(シヴァ神)。悪魔を踏んづけて踊っているます。悪魔は左手に蛇を持っています。
上のナタラージャに比べて踏んでいる悪魔の存在感が大きい(それに悪魔っぽくない)ので、ナタラージャより踏まれている方に目が奪われてしまいます。
他にもブッダやガネーシャやパールヴァティ、その他いろいろな神がぎゅぎゅっと展示されていますが、知識が不十分だと消化しきれない感があります。
一通りインド神話を頭に入れてからみると、なかなか面白いエピソードを発見できそうです。
チェンナイ州立博物館
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以上がチェンナイの歴史・文化に触れられる、観光地の紹介になります!
インドの博物館・美術館を訪れて、西洋美術・日本芸術と同じように感じるのは難しいと思いました。
つまり、見ていて「なるほど〜」とは思いますが、目が釘つけになるような、時間も忘れてしばらく惹きつけられる、という経験はなかなかできないなと。
インド美術というのは、西洋芸術と比べ教育で取り上げられることも少なく、関連するヒンドゥー教やインド神話もなかなかとっつきにくいです。単純に「色使いが柔らかくて綺麗」「見ていると心が落ち着く」「ドキドキする」「悲しくなる」というような、全世界共通にわかりやすいメジャーな絵画要素が少ないと思います。
彫刻も主な歴史的芸術作品だと思いますが、「誰々の作品」と言われるような著名な彫刻家がいないので(いるかもしれないが日本では有名ではない)、そこもすぐには心が惹かれにくい要素かもしれないです。