インド北東部州セブンシスターズの1つであるマニプール州は、海抜790メートルに位置しており、四方が山に囲まれています。
移住してすぐの頃、義実家のあるこの村では多くの男性たちが20キロ程下った所にある鉄道建設地で働いていました。
ついに、マニプールメガトレインプロジェクトによって、鉄道が同州を走る日がやって来たのです。
絶対貧困層が3割以上と言われるインド北東部。マニプール州にはどのような社会課題があるのか?
インドのモディ首相はインド北東部について、「開発の重要な原動力となる地域であり、最早無視される地域ではない」と述べています。
アッサム地方は石油や天然ガスなどの資源に恵まれていることからインド中央政府もその重要性を認めていますが、多くの山岳部族が暮らし、反政府武装組織も存在するマニプールは、部族間の衝突や武装組織による反政府活動がインフラ整備の遅れに加え、産業の成長の足かせの一部になっています。
この5つのディストリクトの総人口は州の38%を占めますが、山岳部特有の地形が手伝い、青少年たちが満足に働いていける産業形態がゼロに等しいと言っても過言ではありません。就職口がない若者たちは女性は家事手伝いに従事し、男性は日雇い労働などに勤しみます。
マニプールは、その雄大な自然や農業セクターに経済的にとても高いポテンシャルがあり、近い将来、更に発展していくと考えられています。今回は、「マニプールメガトレインプロジェクト」によって高まるポテンシャルや、同州に与えたインパクトについて紹介します。
マニプールメガトレインプロジェクト~密林地帯に初の鉄道が現れる!
マニプール州都インパールとジリバムの間の広軌鉄道路線は、 それぞれのディストリクトが遠く離れ、起伏のあるこの地域での接続性を改善することを目的とし、インド政府は、2003-04年の予算にこの「マニプールメガトレインプロジェクト」を含めました。
2013年に北東フロンティア (NEF) 鉄道によって建設が開始された全長111km のジリバ厶ーインパール鉄道リンクは、既存のジリバム駅から始まり、同州5つのディストリクトの計11の鉄道駅を経由して州都インパールを接続します。
ジリバムーインパール間は、このマニプールメガトレインプロジェクトにより、移動時間が現在の10~12時間から2.5時間に短縮されることが確認されています。
2013年に着工開始したプロジェクトも、来年12月についに完成予定。
鉄道が敷かれれば経済的に豊かになる?マニプール州のポテンシャルとは…?
インド鉄道省によると、マニプールに鉄道が敷かれれば同州の貿易と経済に大きなインパクトをもたらすだろうと予測しています。
冒頭にあげた筆者が聴いた汽笛音は、52両のワゴンを備えたマニプール最初の貨物列車から発せられたものです。
この列車によって、グジャラート州リンチから積み込まれた2,652トンの乳製品、塩、豆類、およびプラスチック製品が、同じ鉄道プロジェクトで建設されたアッサム州の新しい鉄道網を経て、アッサム州の既存の鉄道駅グワハティ駅からここマニプールの山岳地帯にあるラニ・ガイディンリウ駅(マニプールの女性Freedom fighterの名から取っている)に輸送されてきたのです。
さらに、州の7割以上を森林に覆われているマニプールは、主に農業を基盤とする経済であり、その地形を活かしたマンゴー・バナナ・パイナップル・グァバ・ライチ・イチジク・マンダリンみかんなどの、様々な園芸作物のプランテーションの可能性があると見られています。
また、マニプール州はインド国内最大のパッションフルーツの生産地です。
他にもマニプールの手工芸品や養蚕業を基盤とする産業は最も発展した産業であり、州の収入にも大きく貢献しています。鉄道開設により、マニプールの生産物などを他州に手っ取り早く安価に輸送することができ、同州の農業セクターや伝統工芸品セクターなどのポテンシャルがさらに高まることも予想されています。
また、北東フロンティア (NEF) 鉄道はインド政府はインド北東部州のすべての州都をインド国内の他州と鉄道によって接続するという狙いがあると述べています。
インド独立より現在まで、様々な理由により、国内外問わず観光客滞在が限られてきたマニプール。
さらに、このマニプールメガトレインプロジェクトは現地住民にとっても、マニプール各地へのスムーズな接続を促進するという点において大きなインパクトをもたらすことが予想されています。
2022年6月30日早朝、大雨による大規模な地滑りがマニプール州のノネーディストリクトに位置するトゥプル鉄道建設キャンプの場所を襲い、滑り落ちるがれきがイジャイ川を塞ぐという災害に見舞われました。
主に、鉄道建設の監視にあたっていたインド軍の兵士や鉄道会社の従業員、短期労働者たちが巻き添えになりました。7月20日に救命活動が終了するまで、計61人の死者を出した近年におけるマニプール州最大の自然災害と言われています。
マニプールメガトレインプロジェクトが今回の地滑りに直接的に因果関係があるという証拠はありませんが、様々な証言からこの鉄道建設が地滑りをもたらすほどのインパクトがあったことを物語っています。
マニプールメガトレインプロジェクトでは、山を切り拓いて、土石を掘り起こし、156の鉄道橋に46のトンネルを建設してきました。地滑りが発生した地域周辺には、141mと、世界一高い鉄道橋になるはずの橋が建設されています。
また、マニプールの山岳地帯では、歴史的に焼畑農業が盛んに行われていることで、山岳地帯の土壌が比較的柔らかくなってきていることが挙げられ、焼畑農業が今回の地滑りの原因だと指摘する声もあります。
しかし、この地滑り発生において、地元住民は、彼らが先祖代々暮らす山岳地帯の環境や自然の排水システム、川の流れ、ゆるい土や岩がある場所について塾知しており、彼らは、鉄道建設関係者からそういった住民のインプットを建設開始前に求められなかったと主張しています。
もう1つのインパクトは、マニプールメガトレインプロジェクトの建設予定地に当たるすべての土地所有者に配当される賠償金です。
この鉄道建設プロジェクトの為に広大な土地がインド政府によって買収され、自らの土地を失った現地住民には賠償金が与えられると発表されました。
しかし、地域により、配当額がまちまちであったり、間違った他人に賠償金が配当され、地主の手元に渡った金額は0だったりと賠償金を巡る問題は、マニプールメガトレインプロジェクトの遂行を妨げるためのストライキにも進展しています。
マニプール州を走る鉄道が同州とインドに利益をもたらす未来は来るだろうか?!
マニプールは、例年洪水や地震など数多くの災害が発生しており、その山岳地帯で最も一般的なのは地滑りや土砂崩れと言われています。
それは、マニプールと他の 7つの州で構成されるインド北東部は、世界で 6番目に地震が発生しやすい地域であり、地質学的に、若いこの地域の山岳地帯は地滑りが起こりやすいと考えられているからです。
さらに、マニプールは近年は人口増加に伴い、森林が驚くべき速度で伐採され、土壌も比較的地滑りなどが起こりやすくなってきています。近年における、短時間での集中豪雨などの極端な気象現象も土壌を柔らかくし、地滑りが発生しやすくしているとも言われています。
また、同州は大規模な農業を行っているので、土壌が土地に残り、肥沃な頂部が洗い流されないよう、そして結果的に州の最大のポテンシャルである農業活動に支障が出ないようにするためにも対策を講じる必要があります。
山岳地帯での焼畑農業は地形的な制約から地元住民が先祖代々から続けている農法ですので、これが地滑りの原因だと決めつけて非難し、阻止するのであれば、政府は代替農法を模索して提唱する必要があります。マニプールメガトレインプロジェクトによって経済的に利益がもたらされたとしても、持続可能性の視点から、マニプールの土壌や森林を守ることを怠ってしまっては元も子もありません。