1.はじめに
本記事は日系飲食企業のバンガロール進出に関する3つ目の記事です。今回は、インド、バンガロールにある風情溢れる日本食レストラン、”Azukii Bistro”さんの成功要因についてインタビューをさせて頂きました。
“Azukii Bistro“さんは、言わずと知れたインド、バンガロールの人気日本食レストランで、一階には観光案内のサービスエリアや上品かつ親しみやすさのあるレストラン、上階は日本人長期宿泊者の多いサービスアパートメントになっております。
オーナーである後藤理恵さんは、インド在住30年と滞在歴が非常に長く、筆者の私もインタビューをしている最中、質問することを忘れて聞き入ってしまうほどの貴重な経験をお話ししてくださいました。
オーナーである後藤理恵さんの経験談をこの記事で読者の皆様に伝えられること、本当に嬉しく思います。
インド、バンガロールの飲食市場に目を付けられ、今後日本食を武器に進出して来ようとされている方々にとっては非常に有益な情報になるはずです。
では、さっそくインタビューの本編をご覧ください。
企業プロフィール
・会社名 : Azukii Bistro
・代表取締役 : 後藤 理恵 氏
・事業内容 : 飲食店経営 / 情報センター / 観光案内etc.
・企業ホームページ: https://www.azukiibistro.com(*1)
2.インド、バンガロールにおける飲食店経営
(“Azukii Bistro”オーナー、後藤理恵さん)
2-1. ビジネス設立の経緯と目的
・筆者
・後藤さん
はい、まず私がインドに来たのはおよそ38年前にバックパッカーとしてバンガロールを訪れたのが最初です。
そこで“アシュラム”という自給自足を目指すヒンドゥー教の修行道場のような寺院に長期滞在する機会があり、両親のいない孤児や、女の子だからという理由で親に見放された子供たちが暮らしている現実を知りました。
インドでは特に労働力として男の子を大切にする文化が強く、女の子が産まれると、労働力にならない、または結婚に際して夫側に支払う必要があるダウリと呼ばれる持参金などの負担リスクで妊娠時に間引きされたり、捨てられたりすることがありました。
現在は妊娠時に男女の性別は教えないという法律や1961年に制定された持参金禁止の法律もありますが、一部の地域では現在でもその文化が残っているとも言われています。
そこで、私のいた“アシュラム”にいる子供たちが生きていくには、食事にしても、教育にしても、やっぱりお金がかかりますよね。
当初は色々考えた末NGOを立ち上げようと思ったんですが、寄付金を貰って生活するのではなく、「個人でも集団でも自立して自らの力で生活する」という方向性の方が重要であると考えたので、最終的には自分の会社を作ることになりました。
・筆者
・後藤さん
いえ、“Azukii Bistro”はその時ではないんですよ。
私自身元々看護師で、当時はコンピュータも知らない状態でしたがインドのIT系企業で日本向け営業として一年ほど働いていました。
すると、次第にインドのIT企業にアウトソーシングをする企業も増え、インドビジネスに興味をもつ日系企業が現れ出したこともあり、日本人出張者をサポート(ホテル、車、通訳、ガイドetc…)するサービスが必要になる時期だと感じたので、まずは旅行会社を設立しました。
けれども、その当時ビジネスの経験なんか全くない私は、とりあえず知り合いの日本人の方々に求められる仕事を一つずつこなして、需要に応えるためにサービスを広げていたというのが正直なところです。
ただ、需要も増え、会社も成長してデリー支店、チェンナイ支店、ブータン支店、モルディブ支店、スリランカ支店と社員の数、クライアントの数も順調に増えていた頃、コロナが世界中に蔓延して、旅行サービス業務の一切を閉鎖せざるを得なくなりました。
しかし、2017年頃に「インド人と和菓子を食べながら日本に関する旅行サービスの相談をする」という目的で併設していた“Azukii Japan Travel Cafe”の方に、多くのお客様が和菓子だけではなく、お寿司も食べたい、日本食が食べたい要望して頂いたので、現在のホテルの一階に“Japan Travel Azukii Bistro& Sake”をオープンしました。
移転した翌月にコロナの影響でインド全土のロックダウンが始まり苦難の日々だったのですが、
ロックダウン中はエッセンシャル業務として日本人のお弁当の注文により、ギリギリ営業が続いていました。
経営自体の難しさはありましたが、従業員には宿舎で休んでもらい、最低限の給与、食事、宿舎を提供してロックダウンの解除待ちながら、なんとか存続を目指しておりました。
なので、私が現在”Azukii Bistro”を創り上げるに至った経緯としては、そもそもインドビジネスを目指して渡印したわけではなく、『子供たちを手助けしたい』という気持ちが強かったと言えます。
自分の会社を設立した後は、インド経済の急速な成長に伴った日本企業の進出、世界的な旅行ネットワークへの加盟、企業の総務的な仕事のサポートというようなビジネス機会にも恵まれました。
トヨタ社様からのお声がけもあり、インド支社や現地で運営されているホテル(チャンセリーホテル)に旅行デスクを設置するなど、お客様からの需要に後押しされる形で、まさしく時代の流れだったと感じております。
※アシュラム(Ashram):アシュラムは通常、瞑想、ヨガ、祈り、学び、奉仕などを通じて精神的な成長を目指す場所として機能しています。
2-2. 経営戦略
・筆者
・後藤さん
そうですね、経営戦略みたいなことを一言で言うなら、「全人口の5%程であろう、日本食を好む富裕層向けに本物の日本文化を感じてもらう」といったあたりです。
というのも、20年前に私が設立した旅行会社に関しては、多分日本人が始めた旅行会社ではインド初だったと思います。ノウハウもネットワークの無いなか、暗中模索で経営戦略もお客さまから求められるリクエストを誠実に対応して要求される仕事を断らずに引き受けていくことが最善の経営方法でした。
そして、それがレストラン事業中心になり、現在増加したインドの日本食ブームの中、“少し高級だけど本物の味を提供する日本の居酒屋”といったコンセプトで日本食を提供しています。
実際、インド国内にある5つ星ホテルでもスペシャリティ・レストランと言って、日本食レストランを開業しています。ただ、それらの日本食は、やたらマヨネーズやケチャップを使ってみたり、寿司がタワーみたいに持ち上がっていたりと、風変わりなものが多いので”Azukii Bistro”では、インド人向けにアレンジしていない日本食を提供しております。
そうしたところ、自然とSNSでお客様が料理の写真や店内の雰囲気をリール動画やコメントで拡散して頂くことが多くなりました。
最近ではプロのマーケティング専用コンサルティング企業にも手伝ってもらい、定期的にFacebookとInstagramの動画を投稿してブランディングに努めております。
それぞれのお客様の中には、一生に一度しか来られない人もいるわけですので、そのような『一期一会』の出会いを大切にするように従業員にも教育をしております。
やはり、奇抜な料理ではなく伝統的な日本食を提供して、フェイクの無い日本を感じてもらうのが最も貴重なアプローチだと信じております。
2-3. メニューの開発
・筆者
・後藤さん
メニューで言うと、“それぞれの料理に満足感をもたせたい”というポイントには拘りがあります。先程も申し上げたようにお店のコンセプトとして、少し高級でお客さまが気軽に食事をして呑めるような居酒屋を目指しているので、良い食材を使って満足できるお味とボリュームの料理を提供したいと思っているんです。
私は時々レストランのコンサルタント業務で首都のデリーにいきますが、料理に使われている牛肉が水牛で、お肉自体の質が高くなく、それほど美味しくないんですよ。
それに比べて、バンガロールビーフは有名で”Azukii Bistro”で使っている牛肉はシャトーブリアンという、ヒレ肉で一番柔らかい部位を使用したり、デリーで日本人の方が始めたオーガニック野菜の会社に直接”Azukii Bistro”で使う大豆を育ててもらったりと、質の高い食材を仕入れるようにしています。使用する麺もチベット人の会社に委託して作っております。
料理人にしても、日本から和菓子職人さんや料理人の方に遥々来て頂いて、インド人の料理人への指導をしてもらうなど、常にクオリティーの高い料理を提供しているので、そのような満足感のある食事という点はとても大切にしていますね。
今月には弊社の女性寿司職人が農水省の選抜で日本に6カ月の研修に行ってもらうことになりました。戻ってきた後が楽しみです。
2-4. 経営上の課題
・筆者
また、筆者の私が”Azukii Bistro”さんに伺った際、非常に日本風の凝った店舗デザインと、多くの浮世絵画や置物をお見受けしたのですが、バンガロールにおける内装業者、食材の輸入業者など各種ベンダー探しはどうされているのですか?
・後藤さん
経営上の課題と聞かれると、以下のような部分が非常に難しいと感じております。
- インドは人口が多くても教育を受けた人材は不足している点
- お酒のライセンスが異常に高額であること
- 輸入食品関連の通関業務も簡単でない
当然ながらこの他にも課題は多く残っています。
具体的な例を挙げていくと、人材に関しては教育格差の大きい国の特徴ですが、お皿洗いの従業員に指示を出した時、いわゆる文字を読む教育を受けてこなかったがために、地元のヒンディー語ですら書くことができないといったことに気づいた時には本当に驚きました。
それ以外にも、日本食料理の経験者の数は本当に限られているので、他社へ転職を簡単にしてしまうという引き抜きリスクも考えなければなりません。
食品関連のライセンスで言うと、アルコールの提供に掛かるライセンス代や運営中での高額な賄賂など、日本では考えづらい要求があります。
政府の役人ですので商談もできませんし、言われるがままといった状態です。
もちろん値下げ交渉はしますが、相手はこちらの状況を分かっていて、営業停止という命令も出来る立場ですので、どうやっても対応できないですよね。
“Azukii Bistro”の店舗デザインやメニューは、ほとんど私が指示を出して制作しています。ただ、しかし自分の希望通りのデザインにしたいのであれば、時間も労力も日本の3倍は掛かると見積もっておいた方が良いですね。
今日来る予定だった業者が、宗教的なお祭りや、身内の誰かが亡くなったからという理由で来ないことは良くあります。
もう、あなたのお母さん3回ぐらい亡くなってるわよね?と言いたくなります。(笑)
ただ、十分な資金を持ってすれば、建築資材にしても、食品輸入にしても質の高いベンダーは探すことが出来るので、何を重要とするかが問われるのではないでしょうか。
一つ言えることは、やはり会社に関連している誰よりも経営者本人が店舗のデザインや食材に興味を持ち、より良い業者を求めてズンズンと開拓していく必要がありますね。
2-5. 成功の秘訣
・筆者
・後藤さん
私としては全く持って、ビジネスとして成功していると思っていないんですが、“何をもって自分が成功とみなす”かが大事な論点だと思います。
個人的には、インドで外国人が事業を出来るということに尊重の気持ちは忘れてはならず、お金だけでない、仕事の満足感や達成感も重要だと考えます。
時々お客さまが「オーナーはいますか?」と私を呼び、苦情かと思いきや「本当に美味しかった」と言って、「私の時間を貴重なものにしてくれた」と感謝して頂けるときがあるので、そのような言葉を聞くと心から私も喜びを感じます。
成功の定義をインド国内における多店舗経営だとするのならば、商品自体をより高品質にして、店舗の雰囲気、その他諸々の要素を差別化する必要がありますよね。
そして今のレストランは、非日常的なエンターテインメントとしての日本食をお客様に楽しんでもらうことが大変重要な要素だと思います。また、システム化された経営体制を取りフランチャイズ化することも大切でしょう。
インドのマーケット自体は、人口だと世界一位で、仮に日本食に興味があり経済的に裕福な層が人口の5%であっても、14億の5%で7000万人と十分じゃないですか。
なので、飲食店経営では多店舗展開も良いのではないかと考えます。
2-6. 将来の展望
・筆者
・後藤さん
現在の計画だと、“Azukii Bistro”では主に3点を考えています。
まず、1点目は日本の食材販売店舗の設立です。
お客様の声を聞いているとやっぱり、「抹茶が欲しい」、「日本の食品は買えないのか?」といった声が多くあります。
しかし実際には、日本からの輸入が非常に難しい点は変わらないので、出来るだけお客様の要望に応えて日本の輸入品を取り扱う事業を進めていくつもりです。
2点目は多店舗展開です。飲食業の利益は良いものを提供すると人件費や食材のコストがかさみ利益が薄いので多店舗展開が必要です。
3点目としては、先ほども述べた通り、”Azukii Bistro”は元が旅行会社から始まったので、これから日本の企業様方が続々と進出してくる中、飲食事業コンサルティングという形で進出企業の経営サポートをしたいと思いますね。
その時には、会計は現地の会計プロフェッショナル、専門に長けた弁護士もおりますので、他のプロフェッショナルと連携して幅広いネットワークの要として機能していきたいです。
私自身の将来的な展望だと、より日本とインドを協力的に繋げられる仕事をしていこうと考えております。どうしても国外から今の日本を見ていると、なんだか元気が無さそうで…
それに、一般的な日本人の方はまだまだインドについて知識や経験が少ないですので、インドと日本はもっと密接に繋がっていかなければいけないと思います。
現在も日本の大学や中学校などの教育機関や日本企業向けの講演会をしており、最近では日本の若い世代の人々が活発にインドの文化の違いや世代の違いを超えて関わろうとしている動きが希望です。
実際にインドの現地に来てみると、宗教や、経済力、人種から全く異なる人が数億人といるんですよね。
そのような国だからこそ、特に自分の経験している世界は本当にごく一部なんだという認識で、新しい価値観に挑戦していく姿勢を常に持っておくのが大切ではないでしょうか。
3.筆者による気づき
“Azukii Bistro”後藤理恵さんのインタビュー、とても貴重な話をたくさん聞くことが出来たと思います。
筆者の私もこの記事を書く前から、友達の紹介で”Azukii Bistro”さんに伺ったことが幾度かありました。
そして、訪れるたびに毎回感心させられていたのですが、”Azukii Bistro”さんの日本食料理が本当に美味しい!!(笑)
(1人前の日本食料理、お好み焼き、かつ丼)
私が注文したのは“お好み焼き”は中の具材が歯ごたえバッチリで、フワフワの生地と日本人が親しんでいるマヨネーズとソースの味が抜群に合っていました
かつ丼も1人前とは思えない大きさの豚カツに加え、出汁の味が染みた白米と卵の合わせ技が素晴らしかったです。
質の高い食材だということはすぐに分かるのですが、満腹ながらに実家のお母さんの味を思い出すどこか懐かしい味も特徴的でした。
(カラオケが設置されている宴会室とカウンターの席)
カラオケが設備されている宴会室は貸切ることも可能で、よくバンガロール日本人会の方々が利用されているとオーナーである後藤さんは言います。
部屋を貸し切って宴会をするというのは想像しただけでも楽しそうですね。(笑)
カウンターの席もあるので、ビジネスでもプライベートでも日本酒をゆっくり飲みながら“焼き鳥”や“寿司”を食べるといった風情溢れる日本を感じることが出来きます。
(和式風の座席、江戸時代頃の浮世絵のれん)
お座敷の部屋では家族団らんで日本のお茶を頂きながら、和菓子を嗜むという情景も浮かんできます。
これ程までに内装に拘りを持ってデザインされている日本食レストランは本当にごく僅かなのではないでしょうか。
お客さんとして来ている方々は皆さん写真を撮られていて、私もSNSに”Azukii Bistro”さんの料理や景観を載せたところ、何人かの友達に「その日本食屋さんはどこにあるの!?」と聞かれました。
オーナーの後藤さんがインタビューで答えられていた口コミで広がるというのは、まさにこのことだったのか!と気づかされました。
4.まとめ
今回のインタビュー記事はAzukii Japan Travel Bistro and Sakeオーナー、後藤理恵さん協力のもと、制作することが出来ました。インタビューを受けて頂き、本当にありがとうございます。
“Azukii Bistro”の成り立ちや、オーナーである後藤さんの経歴を聞いていると興味深い話ばかりで、30分予定だったインタビューがざっと2時間程のインタビューになってしまいました。(笑)
“Azukii Bistro”は店舗デザインへの拘り、日本食への拘り、あらゆるところで後藤さんの気力とセンスが感じられる大衆食堂風の日本食レストランだと思います。
後藤さん曰く、出張や別件の仕事が無い時はお店にいらっしゃるということなので、日本食を頂きながら旅行の相談をしに行ってみてはいかがでしょうか。
※本記事の参考サイト一覧
(*1) https://www.azukiibistro.com