経済成長の著しいインドですが、一方で高・中間所得層と低所得層との経済格差が開いているとも言われています。貧困世帯が寄り集まって生活するスラムはインド各地に点在し、首都デリーも例外ではありません。
そこで、今回はインドのスラムで実際に見聞きした様子や、感じたことをお伝えしたいと思います。
Mスラムのおばちゃんとの出会い
2015年の秋、私はデリーのとある住宅街付近のスラム(Mスラム)に住んでいる「アンティー(おばちゃん)」に出会いました。その時期はナヴ・ラートリーというお祭りの期間で、私が住んでいた家の近くでもあちこちでプージャー(祈祷)が行われていました。
そのお祭り期間の初日に神像を担いで道を歩いていく人たちと出会い、インドへ留学に来たばかりでいろんなことに興味津々の私は、彼らが向かうプージャーの会場まで着いていくことに。
つまり、私はMスラムの住人が合同で開催していたプージャーに、知らず知らずのうちに参加していたのでした。
そもそもスラムとは?
おそらく多くの人が、不衛生な路上や密集した住宅を思い浮かべるのではないでしょうか。
確かに「スラム」とは国有地や所有者の不明な土地に住宅を不法に建てるなどして誕生した生活空間なので、多くのスラムは行政によって整備された地域とは異なり、衛生状態が良いとは言えません。
また、不法占拠のため行政による強制撤去の対象にもなります。(一部のスラムのように住民が組織を作って行政機関と交渉するようになると、その限りではなくなるようです)
とはいえ、スラムにも様々な規模のものがあり、1つの町のように商店や食堂、仕事場まであるスラムも存在します。
当初は出稼ぎ労働者が建てたバラックのような家でも、子供世代や孫世代に引き継がれていくうちに改修され、綺麗なタイル張りの台所を備えた家に生まれ変わっているところもあります。
私が出入りしていたMスラムのアンティーの家は、言われないとそこがスラムの中だと気がつかないような小綺麗な家でした。
Mスラムには生活雑貨の売っている商店や共同井戸もあり、井戸端では住民たちが集まってよくお喋りしていました。
スラムでの生活の様子
伝統的なインドの家庭は、両親との同居や親戚(父方の叔父一家など)との同居など、「ジョイント・ファミリー」の形態が基本です。
彼らの家は日本で普通に見かけるような一軒家ではなく、各家族に1つずつワンルームの家があり、その家が寄り集まって1つの「生活空間」を形成しています。
ワンルームの家は簡素な造りで、セミダブルのベッド1つと戸棚と冷蔵庫くらいしか置けません。
バスルームや台所は外に作られています。セミダブルサイズのベッドに子供3人と母親、簡易ベッドに父親という様子で、ぎゅうぎゅうになって寝ていたことが印象的でした。
子供たちが大きくなっていたアンティーの家庭では、台所小屋の上に2階を増設して部屋を増やしています。
調理の時はこの台所小屋が使われますが、中庭のような空間で作業することも。この中庭は子供たちの遊び場や冬の焚火場所として、簡易ベッドを置けば寝室として、または作業場や洗濯物干し場として、生活になくてはならない空間になっています。
電気もガスも水もインドの一般家庭と同じ感覚で使用できていましたが、行政の整備がされていたのか、抜け穴のような形で使っているのか、細かいことはわかりませんでした。
「この家は手入れが行き届いているほうだ」とアンティー自身が語っていたように、インドのスラムにはトイレのない家も多いなか、彼女の家には汲み取り式のトイレがありました。ただし、桶に汲んである水で手動で流さなくてはいけない仕組みでしたが。バスルームにシャワーはなく、ギザ(湯沸し器)もありません。桶に貯めた水を電熱コイルで沸かし、トイレと同様に手桶を使って身体を洗います。
スラムと社会問題
アンティーの夫はアルコール依存症とギャンブル中毒のため、ほとんど仕事をせず、彼女が大黒柱となって家計を支えています。アンティーはとある中流階級のインド人の家で料理を作る使用人として雇われていて、月収5,000ルピー程度で家計を切り盛りしていました。
稼いでも夫がお酒やギャンブルにお金を使ってしまうため、見つからないようにへそくりを隠していた姿を思い出します。
アルコールは嗜好品で高級なイメージもありますが、実はインドでは低所得の人でも手の届きやすい価格のものが売られています。
通常、お酒は政府公認の酒類販売店で扱われ、高い税金が掛けられています。しかし、スラムで見かけたお酒は“あちらこちら”で1瓶100ルピー程度で売られているそうです。インドではたびたび密造酒を飲んで死亡する事件が起きており、インド国際酒精ワイン協会(The International Spirits and Wines Association of India)の調査によると、流通しているお酒の3~4割が非合法的に製造されたものであるとのこと。
実際、本当に悲しいことに酩酊したアンティーの夫が、自分の姪を殴る姿を目にしたこともあります。
私とアンティーが知り合ってから1年半ほど経ったとき、アンティーの家に空き巣が入りました。「外国人の私が出入りしているから、金銭に余裕があると思われたのでは」と申し訳なくなり謝罪したところ、「空き巣は数年に一度入っているからあなたのせいではない」と言われました。
また、スラム住民は周辺の住宅地の住民から非難されることもあります。私とアンティーが夜市に行くため一緒に外を歩いているとき、下宿先の使用人と遭遇したことがありました。
彼はアンティーに「お前はどこにの住人か?」と尋ね、アンティーはとっさに別の住宅地の名前をあげましたが、すぐにMスラムの住人だとわかってしまい、からかうようなことを言われていました。(その後、大家さんにも私がスラムに出入りしていたことが伝わって呼び出しを受け、差別的な発言をする大家さんと大喧嘩した挙句に下宿先を出ていくことになりました。)
もしスラムに行きたくなったら
これらはあくまで私が見てきたインドのスラムの生活実態で、全てのスラムやその住人たちに当てはまるものではありません。
それでもスラムで実際に目にした光景や生活の様子は、インドの社会問題や自分自身の生き方など、私にとって色々なことを考えるきっかけや土台になったことも事実です。
そこで、もし実際にスラムに行きたい場合、NGOが主催するスラムツアーに参加するのはいかがでしょうか。
例えば、インド最大のスラムであるムンバイのダラヴィ地区では毎日のようにツアーが開催されています。主催するNGOによっては、ツアーの収益でスラム内の学校運営や環境整備を行っていることもあります。
おわりに
ご存じのように2021年春にはインドでコロナが大流行し、多くの被害を出しました。おばちゃんも職業を失い、ますます生活が苦しくなっていると話してくれました。
その状況でこの記事を書いても良いのか悩んだことも事実ですが、先入観や悪いイメージの先行しがちな「スラム」という場所にも普通の生活があることをお届けできればと思い、執筆しました。
この記事がスラムの人たちの暮らしや、彼/彼女らが置かれている状況について関心を寄せていただくきっかけになれば幸いです。
インド国際酒精ワイン協会
スラムツアー
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