1. はじめに
パートナーシップや家庭内において、発生するDV(ドメスティック・バイオレンス)の問題は、非常に大きな社会課題の1つだと言えます。特に、女性の社会進出が増加し、ジェンダー平等の考え方が広まりつつあるいくつかの先進国や新興国では、被害者側の人々によるDV禁止を主張する運動が起こっています。
私自身、これまでの人生でDVを受けたことは一度もありません。ただ、それは当たり前ではなく自分が恵まれていたからだと考えることが重要であると思っています。
本記事では、近年、ポジティブな分野で非常に注目を浴びているインドがDVという1つの深刻な社会問題に対してどのような対応を見せているのか、また他国のDV問題と比較した時のインドの特徴は何かといった部分に焦点を当てて考察していきたいと思います。
2. ドメスティック・バイオレンスとは
ではまず、DV(ドメスティック・バイオレンス)という用語の指すものが何なのかを明確にしたいと思います。社会問題としてあるDVとは、一般的に「配偶者や恋人など親密な関係にある、又はあった者から振るわれる暴力」という意味で使われることが多く、英語の「Domestic Violence」をカタカナにして略された用語です。(*2)
DVが起こる主な要因としては、以下にある3つが起因していると考えられます。
(1)人間関係の問題
DVの最も一般的な要因は、家族やパートナーシップにおける人間関係の悪化です。コミュニケーションの不足や効果的な問題解決の技術が欠如すると、小さな対立が大きな問題へとエスカレートする可能性があります。また、依存的な関係や相手をコントロールしようとする態度から暴力に発展してしまう恐れも考慮しなくてはなりません。
(2)心理的・精神的な側面
DVにおける心理的な要因は多岐にわたり、アルコールや薬物の乱用、健康的な精神問題、過去のトラウマなど様々です。そして、これらは感情や行動の混乱を招き、暴力の可能性を高めることになります。
(3)社会的・文化的な要因
社会的要因によりDVが起こってしまうことは珍しくありません。ジェンダーの不平等や文化的な価値観が、特定の行動を許容しやすくすることがあります。また、経済的な問題によってストレスが増幅してしまうこともDVを引き起こす原因になりかねません。
これらのような要因で起こってしまうDVですが、その形態も身体的暴力だけではなく、大きく分けて6つに分類できると考えられています。
ドメスティック・バイオレンスの形態
(*3)
一般的に身体的暴力が殴る蹴るなど目に見えて分かるDVで、他のDVと比べて問題視される傾向にありますが、被害者も気づかないうちに精神的暴力や社会的暴力といった他のDVも受けている可能性は高いです。
また、これは被害者という枠に留まらず、日々の生活で身近な人に対して無理な束縛や心無い暴言を吐いてしまう人は、自分が知らないうちにDVの加害者になってしまう可能性があります。このような事態が起きないためにも、一度自分と向き合ってみる必要があるかもしれません。
3. インドの文化的な背景と歴史
では、なぜインドでは上記で挙げたようなDVの被害が多発してしまうのでしょうか。その謎を解くためにも、現在のインドにおけるDVの現状を把握し、インドの文化的な背景と歴史に焦点を当てて考察しようと思います。
インドの統計およびプログラム実施省(MoSPI)が公表した「Woman and Men in India 2022」のレポートによると、2016年から2021年の6年間で約228万件の女性に対する犯罪が記録されました。
そして、そのうちの約70万件(30%)がインド刑法(IPC)第498 A条に基づく、「夫または親戚による虐待」による犯罪と記録されています。
以下の図で分かる通り、この約70万件という数値は、女性に対する誘拐・強盗・強姦などの凶悪な犯罪よりも多い件数となっており、インドの地域別の犯罪件数では、特にウッタル・プラデーシュとデリーが他の地域と比べても多くの犯罪が発生していると明らかになっています。(*4)
(5) (4)
※これらの資料は同じ調査によるものでは無いため数値に違いがあります
これ程までに、DVの報告が相次いでいるインドですが、実際はこの報告書にある数値でも「氷山の一角」でしかありません。国際犯罪および安全科学研究所(IICSS)の主任であるジャイシャンカル・カルバノン教授(K . Jaishankar)は、「多くのDV犯罪はカースト、文化、警察および社会への恐れなどの理由で報告されることはなく、独立したシンクタンク又は学術機関による犯罪被害調査が必要である」と述べています。(*5)
これ程までにインドで女性の権利が軽視されてしまっている理由としては、人口の大半が信仰しているヒンドゥー教の影響が非常に強いとされており、その発端がヒンドゥー教の社会規範を記したマヌにあると考えられています。
マヌ法典(Manu Smriti)は、紀元前2世紀頃にヒンドゥー教の社会規範や倫理観を規定した古代インドの法典です。その中には、「妻が夫に対して絶対的な服従をする」、「夫に逆らう妻には暴行が容認される」など、現代では絶対に認められないであろう規定が存在していました。(*6)
これらの規定は、当時の社会において男女不平等の考え方が法的に規定されていたことを示しており、やはり、このような時代背景がインドにおけるDVを助長している一つの要因であると推測されます。
4. インド政府による法的措置
法的に人権の侵害が認められていた背景がある中、現代においてはその法律による規制や罰則によってどのような変化が起こったのでしょうか。
未だに、DVが行われているという事実に変わりはないのですが、全体を通して見た際の絶対数は確実に減少傾向にあると思われます。
以下では、実際にインド国内で制定されたDV規制関連の法律をまとめたので、具体的にどういった内容の規制が行われているのか見ていきましょう。
(1)ダウリー禁止法 (The Dowry Prohibition Act)
インドで定められたDVに関する最初の法律がこのダウリー禁止法です。ダウリーとは、結婚時に新婦が新郎または新郎の家族に対して贈り物や金銭の提供をする伝統的な習慣を指します。
ダウリーは本来、結婚に関連する経済的な支援としての意味合いがありましたが、今では女性や彼女の家族に対する圧力や虐待の要因にもなっています。これが問題となり、悪用されることから、インドではダウリーの贈与や受領が法的に禁止されることになりました。
(2)インド刑法典498A条 (Section 498A of the Indian Penal Code)
インド刑法典498A条は、「夫または夫の親族による残虐行為」に関する問題を取り扱っています。夫またはその親類が女性に対して残酷な行為を行う場合、この法律が適用され、罰則は最大で3年の懲役刑と罰金刑と定められています。
残虐行為は、女性またはその他の関係者に対する不法な要求を強制するための行為として規定されています。
(3) インド刑法典304B条 (Section 304B of the Indian Penal Code)
インド刑法典304B条は、「ダウリーに関連した新婦の死亡」に特化した法律です。この法律は結婚後すぐに女性がダウリーに関連する事象で死亡した場合に適用されます。ダウリーによる新婦の死亡は非常に罪として重く、罰則は7年以上の懲役刑から終身刑までが科せられることがあります。(*7)
最も新しい法令だと、女性を家庭内暴力から保護する法律(Protection of Women from Domestic Violence Act)が2005年に民法として制定されました。これは、他の刑法に比べ、より広範なアプローチで家庭内におけるDVを取り締まっている法律とされています。
5. インドにおけるDV関連のNGO
では、上記のような法律以外だと、インドのDV被害を削減するために組織されているNGOはどのような種類のものが存在しているのでしょうか?
様々な方向からインドのDV被害者を保護するNGOを5つまとめました。もう少し詳細を知りたいという方は、公式ホームページを読んで頂くことをオススメします。(*8)
(1)Majlis Manch
Majlis Manchは1991年に弁護士で女性権利活動家のフラビザ・アグネス氏(Flavia Agnes)によって設立されたNGOです。主に、家庭内暴力や性的暴力のDV被害者に法的サポートを提供しており、法律の改革に向けて活動しています。
特に女性の権利という部分に焦点を当てており、法的手法の専門家としてDV被害にあっている女性の立場を正当なものへと正すことが目的です。
公式ホームページ: Majlis Law
(2)Committee for Legal Aid to Poor (CLAP)
Committee for Legal Aid to Poor (CLAP)は、1982年にシャームスンダル・ダス氏(Shyam Sundar Das)によって設立されました。こちらもMajlis Manchと同じく、法律、法的プロセス、法制度を通して、様々なDV被害にあっている方々を保護しています。
異なる点としては、特に弱者のアクセスを強化することに注力しており、女性に限らず人権の尊重というテーマで法的な提唱を行っています。
公式ホームページ: CLAP LEGAL SERVICE INSTITUTE (clapindia.org)
(3)Prerana
Preranaは人身取引被害者の救助、保護、リハビリテーションを行うための先駆的なNGOです。現代の日本ではあまり馴染みのない人身取引というワードですが、インドでは子供や女性が性産業や労働搾取を強制されるような人身取引が依然として社会問題になっています。
このような現状を打開するために、Preranaは各州政府と協力して人身取引防止スキームや政策の策定に取り組んでおり、被害者の権利を回復するための法的手続きをサポートしています。
公式ホームページ: Prerana Anti-Trafficking, Mumbai (preranaantitrafficking.org)
(4)ActionAid India
Action Indiaはインドにおける人権擁護の中心的な存在で、特に女性や子供の権利に焦点を当てているNGOです。活動領域としては、貧困、不平等、社会的排除に直面している人々の権利を守り、持続可能な生計手段を確保するためのプログラムを実施しています。
インド全土に22のセンターを展開しており、具体的には女性と子供の権利の促進、災害復興、農村改革、教育の普及などを行っています。
公式ホームページ: Sponsor a child. Gift Hope. (actionaidindia.org)
(5)Shikshan Ane Samaj Kalyan Kendra
Shikshanは1980年に一群の献身的なボランティアによって設立されたNGOです。当時、インドでは農業が主要な職業でしたが、干ばつなどの被害によって無学な人々は生きることが非常に困難な状態にありました。そこで、この組織は地元のコミュニティを基盤とし、教育と社会福祉を通じて人々の生活をサポートするという目的のもの立ち上がりました。
他のNGO組織と同じく女性や子供の権利という問題にも積極的に取り組んでおり、地域社会での意識向上キャンペーンや保護施設の設立など様々な面で権利の平等化に対する働きかけを行っています。
公式ホームページ: SSKK – Don’t turn away, Give today! (sskkamreli.org)
6. まとめ
私自身、本記事の調査をするまではDV被害の深刻さ、ましては貧困や不平等などの理由による社会的弱者の人々について真剣に考える機会はありませんでした。
しかし、自分が実際にDVを経験したことが無くとも、このような問題が世の中には依然として残っていることを知識として知れただけでも、今後の自分の考え方や行動は変わっていくだろうと思います。
もし、この記事を通してインドのDV問題を初めて知ったという方が居られるのであれば、その行動1つひとつが将来的な社会問題の解決に繋がる可能性があることを自覚しておくと良いかもしれません。
※本記事の参考サイト一覧
(*2)ドメスティック・バイオレンス(DV)とは | 内閣府男女共同参画局 (gender.go.jp)
(*3) 6つのDV種類解説:身体的暴力以外のDVの実態とは (best-legal.jp)
(*5) Data Story : Domestic Violence Complaints In India – GS SCORE (iasscore.in)
(*6) 女性に対する冒涜| 教員エッセイ| 人間関係の窓|人間関係学科|大学・大学院| 駒沢女子大学・駒沢女子短期大学 (komajo.ac.jp)
(*7) LAWS AGAINST DOMESTIC VIOLENCE IN INDIA – Lawjure
(*8) CSRBOX