実際にインドに住んでインドの人々と触れて、そしてインドの人を相手にビジネスをやってみて、つくづく感じる「多様性」。
そして彼らとの出会いから今日に至るまで、インドビジネスを生き抜く中で多くのことを教えられたように思います。
世界最強の商人とも言われるマルワリの人々、そしてその中のジャイナ教徒の人々から学んだ私なりの彼らをご紹介します。
マルワリってどんな意味?どんな人?
マルワリとは、元来はラジャスタン州のマールワール地方(現在のジョードプールなど)出身の商人コミュニティに属した人々で、宗教を別にしない総称です。
一説によると、彼らは17世紀後半のムガール帝国時代に銀行員や金融業者であったともいわれています。
そして今では彼らは「世界最強の商人」としてビジネスの世界に君臨しています。
それには以下のような理由が挙げられるようです。
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それを表す表現として「華僑が束になっても1人のユダヤ商人にはかなわない。ユダヤ商人が束になっても1人のレバシリ商人(レバノンやシリア起源の商人)にはかなわない。レバシリ商人が束になっても1人のマルワリ商人にはかなわない。」という言い方があります。
私もA社とのビジネスを通して、彼らの交渉力や少しでも利益を上げることに対する半端ない粘り強さ、最終的なツメの厳しさを痛いほど味ってきました。良好な関係を築いた今でも交渉の際は手加減してくれません。とことんこちらを絞ろうとします。
マルワリ商人とのビジネスと交渉力
どのくらい交渉に長けているかと言うと、以前このA社との取引を狙って、東証一部上場の某大手旅行会社が営業をかけたことがありました。
私がA社との取引を成功させ、今も家族同様の関係を築けているのには、おそらく当時の私には捨てるものがなかったからではないかと思います。
その頃の私はマルワリという人々もジャイナ教という宗教も、グジャラーティーという人々も一切理解していませんでした。
そしてA社は交渉のテーブルに着く前に私に1つの条件を出しました。それは、
「A社以外のマルワリ、ジャイナ教徒、グジャラーティを扱う会社には私から営業をかけない。(向こうから私に仕事を依頼してくるのはOK)」。
という約束でした。
今思えば何とも無謀ですが、とりあえず1社でも取引先が欲しかった当時の私はA社の条件を「はい、了解!」と二つ返事で受け入れました。
そして私は逆に「私はマルワリと言う人々も、ジャイナ教と言う宗教も、グジャラーティのことも何もわからないから、今回の1週間の出張中は毎日あなたの会社に出社するよ。だから私の机を用意しておいてね。」と言いました。そして私はそれを実践し、彼らの懐に飛び込みました。
私のこの能天気な性格が功を奏し、彼らとの信頼関係を築きあげることができ、即座に私専用の部屋が社長室の真隣に用意されました。
後にA社は私のことを日本版マルワリ商人だと冗談で言ってくれるようになり、それ以降は同業他社がいくら取引を持ち掛けても、門前払いするようになりました。
そして、私がこの業界で独立した際には「私たちはMikaと商売をしているのであって、あなたの以前の会社と商売をしたのではないから、独立後もMika個人との取引を続ける」と言ってくれ、現在もその状態は変わっていません。
そう考えると、A社は私のことを自分たち一員だと認めてくれているのは強ちリップサービスではないような気がします。
マルワリに関する有名な例え話
次に、1つインド人の間でマルワリの人々の金銭への執着を表す有名な例え話をご紹介します。
あるところにマルワリの少女と少年がいました。
少女は家族と暮らしており、少年は一人暮らしでした。ある日、このマルワリカップルは親に内緒で夜の密会デートを計画しました。 そこで、少女は少年に父親が寝静まったころ道に向けて、1ルピーのコインを投げるのでその音を聞いたら少女の部屋に来るようにと提案しました。この計画は見事に実行され、少女は父親が寝静まるのを見届けて道にコインを投げました。 しかし、何度投げても一向に少年が現れる気配はありません。 ようやく投げ始めてから数時間後、少年が現れました。少女はどうしてこんなに時間がかかったのか?と少年を問いただしました。すると、少年は少女が道に投げたコインを探していたのだと言いました。 逆に、少女はコインに紐をつけてコインが道に落ちた瞬間に、自分の手元に引き戻すようにしておいたのだと言ったのです。 |
いかがでしょうか?
これがマルワリ商人の源であり、お金儲けが上手な理由のように思います。
ジャイナ教とは?
では、マルワリコミュニティにもともと多く存在していたジャイナ教とはどんな宗教なのでしょう?
1つ誤解してはいけないことは、マルワリとは基本的に上記ラジャスタンの地に源を持つ人々を指し、ジャイナ教とはインドの6大宗教の1つを指すということです。
ジャイナ教は世界最古の宗教の1つであり、Mahavir(マハビール)を祖師として仰いでいる宗教です。そして彼らは究極の殺生を嫌うため、農民になることはできません。
さらにピュアベジ(卵も不可のベジタリアン)であり、かつ土の下に生える野菜(いわゆる根菜類)を食べることも許されていません。
このような理由から、多くのジャイナ教徒は商人であり、しかもきわめて独立志向が強いと言われています。
また、お金儲けが上手で、計算が早く、インド国内の他の宗教に比べて教育水準が高いという統計などがあるように、ジャイナ教徒のインド国内における人口は約450万人、インドにおける人口比率はわずか0.4%程度にも関わらず、インドの富の約50%をジャイナ教徒が所有していると言われています。
ジャイナ教徒の結びつきの強さ
例えば、かつて私が手配した訪日旅行をきっかけに、家族同然の間柄になったジャイナ教徒の一家があります。知り合って以降、この一家の長(Bさん)は毎日欠かさず挨拶のSNSを送ってきてくれています。
そして話を聞くと、この人物はBさんのコミュニティのジャイナ教徒の青年であり、今から旅行業を起業しようとしているということでした。そして、彼の初仕事として私の手配で訪日観光を成功させてほしいというのです。
勿論、私としては取引条件があえば断る理由はありません。
しかし当時のインドからみた訪日観光はまだまだ高嶺の花。
しかも、私が相手にするマルワリまたはジャイナ教徒の皆さんは、自分たち専用のシェフを連れてきて、全行程において5つ星ホテルに宿泊する、日本人の私から見ても大変高級なツアーばかりです。
まだインド国内旅行の実績すらない青年が30人も集めているなんて!と、私も最初は半信半疑でしたが、話を進めるうちにどうやら本当にそれ以上の人数が集まっていることが分かり、ツアー催行の3カ月前に、私は彼が集めた団体総勢40名に会いにムンバイへ赴きました。
そして判明したのはツアーの参加者の全員が彼と同じジャイナ教のコミュニティの方々で、話をしているうちに「私たちが応援する青年が起業して、訪日観光の団体を束ねたのだから、応援しない理由はない」という気持ちでいるということがヒシヒシと伝わってきました。まるで40名のお父さんお母さんが、1人の息子を応援するような光景という感じです。
考えてみれば私のインバウンドの事業が軌道に乗ったのも、マルワリとジャイナ教徒の皆さんのおかげであったとも言えます。
私は私の手配で訪日される皆さんは、全て自分の家族のような気持ちで受け入れることにしています。
そのため、行程中一度は必ずツアーの皆さんに挨拶に出向きます。
ジャイナ教の「Micchami Dukkadam」という言葉
最後にジャイナ教の間で毎年8月または9月に行われる最も神聖なイベントの際に、用いられる”Micchami Dukkadam”という言葉を紹介します。
これには「私はこの一年、無意識のうちであってもあなたを傷つけたかもしれませんが、それには悪気はありません。どうかお許しください。」という意味が込められているそうです。
これは私の個人的な考え方ですが、インドのなかでも人口はそこまで多くないジャイナ教。
しかし、彼らが確固たる地位を確立し、お互いに団結し、彼らのコミュニティをより強固なものにできているのにはちゃんと理由があるように思います。